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「わたしはスクナビコです」
突然、はっきりとした日本語で聴こえた。どう応えていいものか戸惑っていると菅井が「ご挨拶を」と促した。そういわれてもどう挨拶するのだろう。
「は、はじめまして 九頭手(くずて)といいます」と、普通の挨拶をしてしまった。話したら少し気が楽になってきた。その勢いを借りてわたしは少名毘古那神へ問うた。
「スクナビコ様、あなたは神なのですか?」
菅井が手のひらをわたしに向けて慌てて制した。しかし気にも留めないように少名毘古那神はすぐに返してきた。
「わたしたちは数千年前からここにいます。 この惑星に”意識”の発生を確認したからです。”意識”は何も施さないと矛盾の連鎖を引き起こします。 状態を監視し場合によっては修復するのがわたしたちの役割です。 あなたたちの持つ思考から生まれた神という概念は、もしかしたらそれに相当するのかもしれません。 スクナビコという呼称はあなたたちが付けたものです」
少名毘古那神はスイッチでも入ったように話し出した。柔らかい女性の声のようだ。それにしても今イシキ?と言ったのか?意識のことか。
いいえという答えを期待して聞いてみたが、いきなり難解な話をしてきた。
「よくわからないのですが、つまり本物の神様ということなんですね・・」
諦めたのか菅井が付け加えた。
「古来から箱神様の信仰をはじめ、すべてではありませんがいくつかの言い伝えや神話の出来事はスクナ様やお仲間が関係しているとお聞きしておりますよ。わたしも詳しくは存じませんが」
わたしはため息をつくのが精一杯だった。
今までわたしへ起こった事についていろいろ聞きたいことがあるのだが、それよりも少名毘古那神の発する声?が耳に届くのがどうにも気持ちが悪い。というより耳で聴いている感覚はないのに聞こえるということが不思議でならない。
「どのようにしてわたしに語り掛けられるのですか。テレパシーのようなものですか?」
水槽の中で波が立った。少名毘古那神の3つの黒い点が互いにゆっくり回転しはじめた。
「わたしたちは、あなた方のような主体的となる生物組織を持ちません。この惑星の、”意識”ある生命の思考はまだ完全に理解していませんが、わたしたちの主体は”意識”です」
わたしの問いの答えにもなっていないと思っていると少名毘古那神は続けた。
「この時空間に存在する物質はすべてラーキュクパつまり素粒子でできています。わたしはこのような姿ですが、わたしもあなたもラーキュクパでできています」
「畏れながら、生物的組織をお持ちでないとおっしゃいましたが、ス、スクナ様は拝見すると寒天のような生物組織に見えますが」と勇気を出して言った。
菅井が慌てて「これこれ」と制したが少名毘古那神は気にもせず続けた。
「この時空間で物質として存在しなければならないため、最低限の生物組織は有しています。ですが主体はあくまでも”意識”です」
それに「はぁ」と曖昧に応じた。
「意識は生物的な要素だけで成り立っていません。例えばあなたなら頭の骨の中にある脳と呼ばれる臓器の中だけで意識が生まれているのではありません。
脳を構成する細胞、例えば大脳皮質を構成する細胞の分子、その分子を構成するラーキュクパ、つまり素粒子があります」
だいぶ専門的な話をしだした。ここが江戸時代だということを忘れてしまう。
この分野はわたしは詳しくはないが好きな話だ。実際、興味が湧いてきたので身を乗り出すほどだ。少名毘古那神はさらに続けた。
この分野はわたしは詳しくはないが好きな話だ。実際、興味が湧いてきたので身を乗り出すほどだ。少名毘古那神はさらに続けた。
「ラーキュクパは非観測時にパラレルワールドで存在します。そのときの振動がこの空間に満たされる全ての振動のどれかと共鳴しあってコヒーレンスが起き、”意識”は出現するのです。 意識の発芽は脳細胞としても、意識の作用は肉体を離れて共鳴しあっている空間と結びついています。すなわち、わたしの意識はあなたと結びついているのです」
申し訳ございません、さっぱりわかりませんと思いつつ、つまり意識とは肉体だけで発生するものではないと言っているのだろう。それで言葉が伝わるということなのだろうか。
しかし新たな疑問も。
「翻訳機、えーっと、なんでしたっけ」
「天の沼琴です」と菅井が代わりに言ってくれた。
「その、意識で会話できるなら天の沼琴は要らないのではないですか」
「あなたが意識主体の存在であればその通り天の沼琴は不要です。しかしながら、あなたたちは生物組織主体の存在です。その場合、わたしの意識による会話は直接あなたへ伝わりません。さきほどのように言語として現れるからです。わたしたちのことばがわかればそれも可能でしょうが、そうではないので天の沼琴は必要です」
「ははぁーそういうことですか。なんとなく理解しました」
そんなやりとりを見ていた月草寺先生が、空になった湯呑を弄びながら退屈そうな表情で「あーあ、もっと面白れぇ話ができねぇもんかねぁ」とひとりごちた。
(続く)