2026/04/20

(No.2690): クルマ奇譚(ローバー ミニ メイフェア1.3i編)

 前回のあらすじ


1989年「オースチン・ローバー」は社名が「ローバー」になった。「オースチン」が消えたのには明らかに経営上の何某かの力が働いたのだろうか。

筆者のミニは「オースチン・ローバー」だった。購入した頃ちょうど「オースチン」が消えたタイミングだったのでおそらく、「オースチン」を冠する車種の在庫処分的な車だったのだと今になって思う。左ハンドルだったし。

しかし筆者に不満はなかった。
そもそもこのミニは自分の車歴上最高順位であることは間違いなかった。そして筆者史上初めての新車ということもあり、エンジンオイルも頻繁に自分で交換していたし、ゴム類が劣化しないようまめにメンテしたり可動部のグリスアップ等、出来る範囲のことは全部自分でやっていたくらいこのミニに傾倒していた。


そんななか、1回目の車検の見積もりの時、「新しいミニが出たんですよ」とディーラーのお兄さんは言った。
ローバー・グループとして世に問うインジェクション仕様のミニだ。しかもオースチンのときのようなダサかっこ悪い樹脂製のフロントグリルを撤廃し、逆に昔のようなメッキグリルを標準装備とした。当然エアコンもある。

「ローバー」になったからには旧態依然としてはだめだ。昔ながらの不安定極まりないキャブレター仕様では現代のニーズには到底応えられないのだ、というローバー・グループ経営陣のジャッジだったのだろうか。

ディーラーのお兄さんの説明では「安定のインジェクション仕様で馬力もアップ、今度は右ハンドルでどうですか、レーシンググリーン色もありますし!」と畳みかける。

実は、この言葉は正直悪魔のささやきだったのだ。
筆者は確かに上述通り、現状で不満はなかった、はずなのだが。

人間の業というものの本質は、己の意識の深層から沸き立つ別の自我なのであろうか。
それは突然襲ってきた。
面倒くさいことが楽しいとあれほど実感していたこの私の感性は鈍化してしまったとでもいうのか。

まるで生き物を飼育しているような、気温や気圧や湿度、あるいは季節に応じたキャブレターに対する重要な調整ノウハウを、楽しいスキルとして積むことが急に億劫になってしまったのだ。

その瞬間、わたしにはもうこの車に乗る資格はないと悟った。
気付いたら新車メタリックレーシング・グリーンのローバーミニメイフェア1.3iを契約。同じディーラーで2台目ということで下取り価格など諸々勉強して頂いた。1992年のことだ。


ローバーミニ メイフェア1.3i、インジェクションの安定性はもちろん素晴らしかったがフィーリングは別の車のようだった。
しかしけっして悪くはない。ゴーカートのようなキビキビしたドライビングは健在だし、ガタゴトした乗り心地の悪さも変わらす同じだ。
そして今回は全くのノーマルとした。改造やドレスアップなど一切せず素のまま。1300ccの排気量となって馬力もアップ。もはや「普通の車」と変わらない。
いや逆にミニを普通の車にまで昇華させた当時のローバーの技術力に感服せざるを得ないくらいだ。
そんな1.3iミニでも各地へ出かけた。長距離でも不安になる事象は一度もなく、当然故障とも無縁。


実車 1994年5月2日 たぶん長野県


ただ排気量が増えたせいでオーバーヒート気味になった記憶はある。特に冷房エアコンを点けると多少息切れした。がそれ以外はまったく不安はなく、前車のオースチンミニ同様にまめに手入れメンテナンスも欠かさなかった。
そして1回目の車検も通した。まだまだ乗るつもり。運転していてこんなに楽しい車は他には無い。だいたいこのデザインは世界一だ。いっそ一生このままでもいいくらい。そんな気概充分だったあの頃。


いつものディーラーは昔のようにミニ専門ではなくなり、いわゆる「ローバー・グループ」としてのディーラーとなっていた。
1996年、久しぶりにミニのパーツでも物色するか、といつものディーラーへ行った。
そこに3世代目だというRover200が展示してあった。


魔が差すという言葉がある。

筆者ごときが何様であろうか本革シートに身を包んだ、いわゆる高級車に少しだけ寄せるRover200に一瞬惹かれてしまった。フォルムもわりと当時の心境の琴線に触れた。しかもあれほど嫌いだった「オートマ」なのにだ。

ミニは車として運転する楽しみが最大化できるマシンだ。しかし実用性という観点からみると少々厳しいところがある。あくまでも「一般的目線」でだが。

ミニは積載能力があまりないのだ。大きな荷物が積めない。ぶっちゃけ言うと手持ちのシンセサイザーが積めなかった。いや、無理くり積めなくもないのだが、他の機材や荷物を含めるとなかなか手ごわい。ましてやシンセ積むと人を乗せることができなかった。

そんな境遇が以前から蟠っていて無意識にストレスに感じていたのだろう。
Rover200は広いハッチバックでたいへん実用的であるぞよ、という心の流れに応じ、「車は単なる道具」であるというEnthusiastとしてあるまじき文法に覆い尽くされ、あっさりとRover200に乗り換えてしまったのだ。ミニ1.3iも「普通の車」になっちゃったし、もう普通の車でいいんじゃね。みたいな。

まるで自動書記の如く、この乗り換えたあたりの記憶はあまりないくらいおかしな感覚だったのだろう。

魔が差した。 
筆者の車歴史上最大の黒歴史となったRover200の話しは次回。


PS
ミニは約8年間で2台を乗り継いだ。今もって筆者車歴史上最上位にある。
世の中に現存するミニの各個体がこれからも永遠に存続することを願わずにはいられない。



(ローバー200編へ 続く)



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