2026/03/19

(No.2688): Oberheim Matrix6 と僕(混沌編)

(前回「購入編」の続き)

Oberheim Matrix6を購入して40年。物置に約30年間放置されたままだったOberheim Matrix6を運び出し電源を入れてみた。

パッチ名が表示されて普通に電源が入った。すごい!と驚いたがヘッドフォンを挿して鍵盤を弾いてみると、6音中、1音が発音していないことに気付く。30年もほっぽらかしていたのに音が鳴るだけでもたいしたもんだわ。と思いながらもやはりちゃんと動かしたいという気持ちが湧いてきた。
最初は鍵盤が壊れているのかと思った。がそうではなく、特定の鍵盤で音が出ないのではなく、6音ポリフォニックで1音のみ鍵盤を押しても音が出ない状態だった。
調べてみると必ず2つ目に押さえた鍵盤の音が出ないという状態。

これは内部的に何か壊れているのだと思い、とりあえず分解してみることに。Oberheim Matrix6は側面のネジを外すだけでフロントパネルが開けられる構造になっている。


回路構造がわからないのでAIさん達にお聞きすると、この症状はOberheim Matrix6やMatrix1000で多いとのこと。原因はCEM3396というICチップの破損かICソケットとの接触不良だという。

CEM3396は1980年代にCurtis Electromusic Specialties社によって開発された「シンセサイザー・オン・ア・チップ」と呼ばれるアナログIC。1つのチップ内にシンセサイザーの主要な構成要素(主に2つのマルチ波形オシレーターDCO、24dB/octのローパスフィルタVCF、4つのVCA)が凝縮されており、当時としては非常に画期的な構成だった。(Google AI抜粋)

Oberheim Matrix6は6音ポリフォニックなので、6個のCEM3396を搭載している。場所は、基板の左側に6個まとめて配置されており、右からU101、U201、U301、U401、U501、 U601という6つの部品番号が印字されている。


先ずはICソケットとの接触不良を疑ってCEM3396を一回外して付け直す。2音目がダメなのでU201と刻印のある場所だろうと思い、そのCEM3396をソケットから外し、付け直した。CEM3396は現在では貴重なICチップであり、現存数もかなり少ないというから静電気に注意して慎重に扱った。壊したら元も子もない。

電源入れて弾いてみるが、直ってない。やはり2音目の音が出ない。ICチップが壊れているか、または付け直したU201の場所のCEM3396ではないのか?
もしICチップが壊れているなら、U201とU301のCEM3396を入れ替えることによって、2音目の音ではなく3音目の音が出なくなるはずである。よし確認してみようと思いついた。

U201とU301のCEM3396を入れ替えて、電源ON。
するとディスプレイに何も表示がなくなってしまった!え?うんともすんとも鳴らなくなった。やばい!と思って速攻で電源OFF。

よく見たら、信じられないことにU201に挿したCEM3396の向きを逆にICソケットに挿してしまっていた!!慎重に扱えと言った矢先にこれだ。こんな初歩的なミスを犯すとは。電源入れる前にちゃんと確認しろ!オタンコナス!自分を責める。

しばらく放心状態。

半泣きでCEM3396の向きを直し、確認後再度通電。ディスプレイも表示し見かけ上問題なく起動した。ああー良かったと思ったが、やはりICチップは壊れた。2音目の音は出ないままで、3音目の音も出なくなってしまった。おいおい、直そうと思ったのに逆に壊しちゃったじゃん。あっはっはっはー愉快


もうこれは接触不良ではなく、CEM3396が壊れているのだ。ていうか一つは確実に壊れているし。ていうか僕が壊したし。どこかでCEM3396を2個、調達しなければ。

よし、店を探そう。(井之頭五郎のモノマネで)


(次号へ続く)



2026/03/17

(No.2687): Oberheim Matrix6 と僕(購入編)

(前回「購入前編」の続き)

1986年にOberheim Matrix6を買うまで、筆者の所有シンセは、Roland SH-101(現在も所有)とYAMAHA CS01、KORG POLY800、そしてドラムマシンのRoland TR-707だった。

Oberheim Matrix6を買った理由。KORG MONO/POLYなどツマミやスイッチがたくさんあるシンセに憧れていたが、あのOberheimが手の届く価格で発売されたことが決め手だったかもしれない。Sequential Circuits同様、当時OberheimはOB-8やドラムマシンのDMXなど高価な楽器が多かった。

Oberheim Matrix6の購入と合わせて自宅(当時はアパート)の制作環境を刷新した。
それまで録音環境はTASCAM 234というラックマウントできる4トラックカセットMTRとTASCAMの6chミキサーだった(型番失念)が、すべてを売った。
そしてTASCAM 38 というハーフインチのオープンテープを使う8トラックMTRとFOSTEX 450-16という16chレコーディングミキサー卓を導入した。同じ時期にYAMAHA QX5 も買った。筆者の初めてのMIDIでの打ち込みはこのシーケンサーだった。
MTRとミキサーだけで購入価格は約100万円だった。車以外の買い物で100万オーバーだったのでめちゃくちゃ緊張した覚えがある。
翌年この録音環境のおかげで、キャプテンレコード所属の某バンドのレコーディング仕事をやったりもした。

Oberheim Matrix6の音作りは筆者には操作しにくかった。テンキーやエディット用のボタンは配置されているものの、当時流行りだしたデジタル化のはしりだったので、アナログシンセのように物理的なツマミやフェーダーは無い。音色エディット(パッチエディット)はすべてファームウエア上でやるので、パラメータ情報はディスプレイ表示から得るのみだ。従ってメニューから目的のパラメータまで階層を潜り込み、エディットは数値入力で行う。
慣れてくるとパッチエディットパラメータは覚えるがけっこう量があるので、Matrix6の上面には各種エディットのメニューとパラメータ一覧が直接印字されている。


ここでOberheim Matrix6の主な特徴とスペックをあげる。

音源構成:
6ボイス・ポリフォニック。1ボイスあたり2つのDCO(デジタル制御アナログ・オシレーター)を搭載し、当時のアナログシンセとしては極めて高いチューニングの安定性を誇る。

マトリックス・モジュレーション:
 最大の目玉機能。20のソース(LFO、エンベロープ、ベロシティ、アフタータッチなど)を32のデスティネーションに自由にルーティングでき、非常に複雑で動きのある音作りが可能。

フィルター:
 Curtis CEM3396チップを採用した24dB/octのローパス・フィルターを搭載。Oberheimらしい温かみと太さがありつつも、以前のOBシリーズよりはやや繊細でモダンなサウンドキャラクターを持っている。

キーボード:
61鍵のシンセアクション鍵盤で、ベロシティとアフタータッチに対応。
( 原文:Google AIより)


当時、製品名でもあるマトリックス・モジュレーションの意味があまりよくわかっていなかった。一般にはモジュレーション・マトリックスと呼ばれる機能のことだ。適当にソースとデスティネーションを設定して変調量を適当に数値入れると、変な音になったりするので、そんなやりかたで覚えた。

モジュレーション・マトリックス(マトリックス・モジュレーション)は、音色を変化させる「信号源(ソース)」と、変化を受ける「対象(デスティネーション)」を、縦横の表のような形式で自由に結びつける機能のこと。 

通常、シンセサイザーの音作りで例えばビブラートは「LFOでVCOなどのピッチを揺らす」といった設定になる。マトリックス機能を使えば本来は決まった役割のないパラメーター同士を複雑に組み合わせて、予測不能な音の変化を作り出すことができる。 

モジュレーション・マトリックスは現在はほとんどのシンセに搭載されている機能だ。各メーカーによってソースとデスティネーションの要素が多様になっているので、それもその楽器の特徴のひとつになっているかもしれない。
今号のFILTER誌の製品レビューにも書いたが、モジュレーション・マトリックスを使って例えば鍵盤を強く弾いた時だけレゾナンスがかかるといった変化を作り出せる。ソースをベロシティに、デスティネーションをフィルターのレゾナンスに割り当てて高い値を設定すれば強く弾いた時にレゾナンスがギュイーンとかかる。ギミックっぽく使える。Oberheim Matrix6にもその要素パラメータはあるので、できそうだ。試してみようっと。


Oberheim Matrix6は1998年頃までよく使っていた。それ以降は段々と使用頻度が減っていき、特に2000年にCLAVIA NordLead2を購入してからは電源も入れなくなった。


購入から既に40年。果たして約28年ぶりに電源を入れた。
次号へ続く。



おまけのコーナー

1986年当時のスタジオ(アパート室内)を撮影したベータビデオの動画があり、ミキサー卓やOberheim Matrix6などが映っていたので短く編集したものを掲載する。
ミキサー卓からパンするとOberheim Matrix6が写ります。 Matrix6の上にYAMAHA QX5が乗ってるねー。その先をパンしていくと、Roland TR-707、KORG POLY800とRoland SH-101が写っています。

それと、当時の筆者も映っている動画も併せてどうぞ。めっちゃ若い!
なお音声は消しているので音は出ません。
なにしろ40年前のベータビデオテープからキャプチャしたので画質は恐ろしく悪いです。ちゃーん(いくらちゃんのモノマネで)


1986年 studio Meirinsya


1986年 fop at studio Meirinsya
(これはPV撮影してるところのワンカット。歌っているので口をパクパクしてます)






(No.2686): Oberheim Matrix6 と僕(購入前編)

1985年4月、筆者は大学を卒業して音楽活動は継続しながら某有名電機メーカーへエンジニアとして入社した。バブル前夜であり今でいう働き方云々などという概念は鼻くそほどもない時代である。
その会社は労働組合が巨大で大変強い力を持っていたので一般社員への無理な労働は常に監視されていた。にもかかわらず、筆者の所属部署は最前線の重要部署だったので、組合の監視からは特別に除外されていた。従って残業、休日出勤は当たり前だった。

一般の勤務時間は8:20~17:20。17時半には帰れるなんて夢のような話だ。
筆者の部署は8:20に出社し、16時を回ると課長が残業申請のマークシートを課員へ配り出す。
労働組合が厳しいので、残業するのも勝手にできない。あくまでも社員の意思として残業を「自主的に」申請するという規則なのだが、筆者の部署はそういうのが除外なので社員の意思は関係ない。
課長から「5.0つけておいて」などと指示される。5時間残業しろという意味だが、途中夕食食べる時間があるので23時頃まで残業しろということだ。
17時近辺になると出前を取る夕食のメニューが回ってくる。夜は彼女とデートなんで帰りたいですなどという状況は絶望的だった。
5.0ならまだいい。ギリ帰れるから。21時を過ぎると毛布を支給される場合がある。徹夜で仕事しなさいということだ。

さらに過酷なのは、土曜、日曜だ。
金曜の16時になると金曜の残業の他に土曜の分と日曜の分の2枚の休日出勤申請カードを配りだす。「土曜は8.0、日曜は5.0でいいや」などと課長は平気で言う。土曜は8時間出勤、日曜は5時間出勤でいいや、いいやじゃねぇだろこのタコ!
今思えば、時代背景にもよるが長時間残業や休出が常套手段となっているのはプロジェクト計画が正しく機能せず破綻していたのだろう。


そんな生活も10か月ほどして筆者は我慢の限界に達し、直属の先輩上司と胸ぐらを掴みあうほどに大喧嘩をやらかした。生意気にもまだ入社1年も満たない新入社員の分際でだ。

喧嘩のきっかけは、筆者が残業をやらずにブッちぎったからなのだ。
地方の支社工場から年配の技術者の方がこちらへ泊まり込みで仕事に来ており、筆者はその方とペアで仕事をしていた。
その日はどうしても定時で帰りたくて、年配の技術者の方へ相談したら、「ああーいいすっよ帰って。大丈夫やっておきますから」とおっしゃったのでお言葉に甘えて定時でサクッと帰ったのだ。
その翌朝のこと。先輩が血相変えて筆者の席に来て、「昨日何で帰った!○○さんが来てくれてるのにお前何考えてんだ!バカヤロウ」などと大声で怒鳴った。
若気の至りで売り言葉に買い言葉、筆者は瞬時にキレてしまい「毎日残業で土日も休みもねえ!あんた、こんな状況おかしいと思わんのか!バカはお前だ」的な感じでこちらも応戦した。
おまえ仕事を何だと思ってるとか言われつつお互いが胸倉を掴むことになり係長が間に入って収まったが、100人いるフロアが騒然となり、なんだなんだどうしたと大変な騒ぎとなった。

その翌日、辞表を課長へ出した。そうしたら課長が「お前、甘いんだよ、まだ学生気分なんだ。辞めるなら次決まってからにしろ」そう怒鳴ると辞表を目の前で破った。
まるでなんかのドラマを見ているようだった。ほんとうに破るんだ。


残業と休出で月に150時間以上はあっただろうか。そのおかげで給料には残業や休出分は正しく反映されており、かなり高給だった。おそらく当時の理系新卒の中でもだいぶ高かったと思う。

紆余曲折あり結局、1年も待たず11か月と少しでその会社を退職した。課長から「お前みたいな奴初めてだ」と言われた。

当然退職金はないけれど11か月分の給料は使う暇もなかったのでだいぶ貯まっていた。
1986年、Oberheim Matrix6を買う。即金で。たしか24万円くらいだったと思う。
楽勝で買えた。

ようやくOberheim Matrix6が出てきたね。
この話の続き、てか本題は次のお話ってことで。じゃね。