2016/02/24

(No.2437): 三月公演のお知らせ(鼻の穴にティッシュを詰めながら)


deweyと云うへっぽこでおしゃまな中年と初老のおっさん二名がお送りする電子音の塊をこねくりまわす様子を見る会(旧称・提唱会)のお知らせです。ます。
三月はテクノ度高めの新曲あり。新たなプラグインやらガジェットやらで既存曲も小さかったり大きかったりの変化富。
小春のひとときをエレクトロニックの調べで。



3月4日(金曜) 大宮 ヒソミネ
これを執筆中においてはまだ詳細出ていません。サイト見ると3/4はまだ予定なく休みなのかと思っちゃうけどdeweyライブあります。
dewey初埼玉。



3月27日(日曜) 大久保 ひかりのうま
「東京電極」
dewey/chinaprove/りすどらむ ほか
open 18:00 start 18:30
2000円+D

「東京電極」の出演は渋谷ラストワルツ以来となりますれば楽しみでござるよ。共演者の皆さまも素敵でござるよ。
なお諸事情により軍装ではない姿のdeweyとなりますればそれはそれで珍かなり。








2016/02/23

(No.2436): 中佐と二等兵の会話(酒宴編)


酒の飲めない筆者は飲み屋に行かない。いわゆるお仕事の関係などでの飲み会に誘われた時は仕方無く行く。先日も遅い新年会だという飲み会。酒場では烏龍茶。筆者が呑めないことは周知なので黙ってても烏龍茶が出てくる。

会も終盤にさしかかったとき、少し離れて座っていた二歳年下元同僚であるが今や中佐クラスで部署最高責任者的な男が、無役老兵二等兵の筆者の前に移動してきて酔った口調でこう言った。
「エフオピさん、まだやってんの?テクノ」

彼とは昔、ブルースロック系バンドをやっていた。筆者がドラムで彼はボーカルとギターだった。そういう意味では上司と部下の関係の前は音楽仲間でもあったのだが、いかんせん筋金入りのロックンローラーなので昔からテクノやら電子音楽やらを小馬鹿にする傾向があった。

「あー、やってますよ、ライブも」
「へー、どこら辺でやってるの」

と聞くので、ここ最近出演したハコを数店あげた。全て知らなかったようで特にリアクションもなく、
「もう最近はさー音楽できないよねー疲れちゃって」
と同意を求めて来た感じだったが、筆者は全然そう想うはずもなく、しかし空気を読み「そーすねー」と返した。

部署最高責任者中佐男はその後暫く他の人と話をしていたが唐突に「エフオピさん今何乗ってるの?」と聞いてきた。
「クルマ?」
「バイク」
「ドカティですよ、前も話したやつ」
「999だっけ?」
「モンスターすよ696」
「知らねぇなー、俺の知ってるドカッティは900のなんとかってやつでフルカウルで緑と赤と何かのトリコロールのやつ」
「あーあー知ってます900MHRだっけ旧車ですよね」

そこに隣に座っていた後輩君が話しに入ってきた。
「エフオピさんのバイク、ドカティだったんですか」
「そうだよー」
すると部署最高責任者中佐男が後輩君に言った。
「ドカッティってさ、なんでうるさいか知ってる?」
「ウルサイんですか?」
「うるさいじゃん、ガシャガシャって、あれはさエンジンのピストンがこうガクガクってなってうるさいんだよ」
「へー」

それを聞いて筆者は黙っていられなくなって思わず言った。
「違いますよ、あれは乾式クラッチの音です」

そしたら部署最高責任者中佐男が「はぁ?乾式ぃ?」と目をぱちくりさせた。
「そうです、普通クラッチ板はオイルに浸かってって密閉ケースに入ってますよね、これは湿式で静かなんですけど少し前までドカティは乾式っていってクラッチ板がむき出しだったんです。でクラッチ板は回転してるでしょ、剥き出しで回転してるんであのガシャガシャ音になるんですよ」

と、ドヤ顔で言い放ったあと、なんとなくマズイ空気になったのを察して慌てて
「で、でもあのガシャガシャ音は中佐男さんの言うように確かにエンジンでも鳴っててさ、エンジンのバルブは普通スプリングで開閉したりするけどドカティはバルブの開閉は機械で強制的にやってるんで、それでガシャガシャ機械音もするんだよ」
と後輩君に無理やり説明した。

その流れで「その構造をデスモドロミックっていうんですよ!」
と巻き舌でさらに一層のドヤ顔を添えて、しかも部署最高責任者中佐男に向けて言ってやった。すると部署最高責任者中佐男はこう言った。
「な、嫌だろうーこの人、なんかちょっと知ってるからって知識をひけらかしてー、もーただのヲタクなんだよテクノ野郎なんだよ」

筆者 「あはははははは」(一つも可笑しくないが笑いでご機嫌を伺う)
後輩君「あはははははは」(行き掛かり上仕方無く)

と笑った。








2016/02/21

(No.2435): 床の穴に


古い倉庫然とした建物。屋根は三角式、端に扉。倉庫の周り地面は土。草も。
私は追われている。
逃げるために扉を開けて中へ入る。前にも来た記憶があるが、よく思い出せない。デジャブなのかとも思う。


入り口を入ると、天井がとても高いことに気づく。そして右側は壁というか板で仕切られており窓枠が大きく何枚も続いて中が見えるようになっている。中には古めかしい大きな機械がたくさんあり、それが動いているのか白い蒸気のような煙りが立ち込めている。私はいわゆる廊下のような場所に立っており、先にまた扉が見える。




その扉を開けると床がなくなっている。抜けた床は四角い長い穴になっており、床の代わりにまるでエンジンのピストンシリンダーのような円柱形と思しき物体、大きさは直径60cmはあろうかというものが行く方向へ動いたりしばらくすると自分の方へと動いたり、まさしくピストンのように上下というか前方と後方へ動いているのだ。





私はタイミングを計ってその円柱形の側面に乗り、バランスをとりながらその先の床のあるところまでぽんぽんと飛んだ。

さらにその先には また床が抜けており、今度は四角い板が同じようにピストン運動をしている。四角い板には抽象的な絵が描かれている。雲のような何か得体の知れない生物のような絵。




私はその四角い板に乗り、ピストンの動きが一番先へ行ったタイミングで床にぽんと飛んだ。

突き当たりには大きな仏壇がある。




扉は開いている。リンを鳴らそうとリン棒を探すが見当たらない。よく見ると256MBのSIMMがリンの下に置かれている。そのSIMMをとって、それでリンを打った。チーンとならし、お参りをすませた。
出口は右側だ。



目覚める。


2016/02/18

(No.2434): あのデモテープ特集とかあの音の宿題とか


先日youtubeにて1982年や83年の坂本龍一氏 NHKFM サウンドストリート デモテープ特集を久々聴く。
1982年12月
1983年11月

当時多重録音(今でいう宅録)をやっていた若人はほとんどの場合他者のスキルがわからなかったし、ライブをやっていないベッドルームミュージシャンは発表の場が限りなく少なかった。そんな中でこの番組はそのどちらも叶う光明であった。
今改めて聴いてみると、放送された作品の選考基準が全くわからないほどのむちゃくちゃぶりだ。楽曲としてすんなり恰好いいと思える電子音楽もあるものの、本当に発散エネルギーのみで押し通すような作品まであり多種多様で面白い。ちなみにこの番組で放送された何人かは今では有名なミュージシャンの方もいらっしゃる。
そんな方々の作品は一聴して他者との違いが歴然としている。理論的な音楽完成度が高いというよりむしろ、音場作りの感性が感覚的に優れているのかなと思う。そのような感性は訓練で身につくものもあるのかも知れないが、天性に備わっているような気がしてならない。番組中の坂本氏のコメントにもあるがずっと聴けてしまう魅力があるのだ。



デモテープ特集を聴いていると満足な機材がない(楽器すらない)にもかかわらず独創的で迸る創造力を感じる作品が多く、稚拙(という表現も適切ではないだろうが)と思われる中にも何か快い疼きのような感情を得る。
であるからして機材自体での作品の優劣はないのだが、考えてみれば当時の我々の機材など屁のようなものばかりだったことを想い出す。だいたいシンセ(しかもモノフォニック)があるだけでも相当高級だった。録音はラジカセ一台一発録りは当たり前でちょっと良くて2台でピンポンとか。シンセ同様、MTRなどあったれば録音スタジオ級だった。あったれば。

筆者も82年頃はミニ鍵盤カシオトーン1台とカセットデッキ2台(中学時代に買ってもらったやつと親父のお古)、あとギター用エフェクタのフェイザー(組み立てキット)のみだった。

如実に投稿者の機材がわかる。ちゃんとMTRで多重録音している作品もあればラジカセ一発録りもある。テクノなのに(投稿作品はテクノ以外ももちろんあるが)シーケンサー無いし。当然全部手弾き。
リズムマシン=テクノという感覚だったのでBOSS DR55でもありゃもう興奮の坩堝だった。でも実際はドラムは雑誌とかを叩くだけとか。手で。
まあ、当時でもお金持ちはMC4とか買ってたかもしれないけど。(40万円くらいする)

16分音符でベースがデケデケデッデケとかを鍵盤で手動演奏して録音するの。しかもテープだから終りの方で間違えたら最初から録音し直すとか。それ考えるとDAWって魔法だ。

余談だが、筆者1983年(大学2、3年頃)に頑張ってRoland SH101(128音記録できるデジタルシーケンサ内蔵モノフォニックシンセ 現在も所有)、TASCAM234(4トラックカセットMTR)、同ミキサー型番失念(8IN 4OUTくらいの)など機材を買った。だからバイトしまくった。日雇いで手取り1万とか運送のバイトとS球場整理員など諸々。



1983年5月放送のデモテープ特集では、当時筆者の唯一のテクノ友達で且つライバルだったT君の作品が放送された。(残念ながらこの放送はYouTubeに見つからなかった)
毎回200通以上の応募がありその中から10作品ほどが放送されていたらしいのでなかなか狭き門である。実は筆者も地味に投稿していたのだが筆者の作品など箸にも棒にもかからなかったのは云うまでもない。放送後、T君にやったねースゲースゲーと謝辞を送りながら心は打ちのめされていたことを想い出す。


それから13年後。J-WAVE Pazz&jops 坂本龍一gut-on-lineという番組で、坂本氏が毎回音の題材・宿題を出してその音やMIDIデータを使って作品を作り投稿するというデモテープ番組があり、この第二回の1996年5月放送で筆者の作品は優秀10作品に選ばれた。ただし上位3作品程度が放送されただけだったので残念ながら筆者の作品は放送されなかった。でも坂本氏からは以下のコメントをもらった。


「音色がいいね!ちょっと変わった音楽だと思います。ブルースっていうか、ブギっていうか。ほんと変わってる。」

(原文ママ)


その作品はこちら。(音悪いけど)

曲名「BootSite」



使用機材は
Roland JUNO60
Roland SH101
Macintosh Classic on Cubase(MIDIのみのやつ)
TASCAM 38 (ハーフインチの8TRマルチ)
MACKIE1604 (卓 すげーこれ今でも使ってるわ)


2016/02/15

(No.2433): 【問3】たかし君と花子さんの時間


【問3】
光時計という透明な円筒形の筒が垂直に立っています。その筒の底から光が投射され光が筒の天井に到達するのに1秒かかります。その光時計は、たかし君のいるこの地上に建っているものと、同じものが花子さんが乗っている宇宙船にも積み込まれています。

宇宙船が地球の上空で静止している時、地上にある光時計も宇宙船に積み込まれた光時計も、筒の底から投射された光が筒の天井に到達するのにかかる時間はどちらも1秒です。つまりたかし君も花子さんも同じ1秒を経験します。

それでは問題です。
花子さんの乗っている宇宙船がたかし君から見て右方向へ等速度で光の速度の60%で航行している時、地上にいるたかし君の1秒は花子さんにとってどれくらいの時間か答えなさい。ただし宇宙船の加速度は無視することとし、光の速度は常に一定とします。





【答え】
0.8秒


解説
宇宙船に積み込まれている光時計を観察してみましょう。宇宙船の中では、筒の底から投射された光は天井へ向かって垂直に伸びていきます。一方地上で観測しているたかし君から宇宙船の光時計の「光の軌跡」を観察すると左下から右斜め上へと進む直線として見ることができます。

この右斜め直線を直角三角形の「斜辺」と考えた時、「底辺」は宇宙船の速度となり、「高さ」は光時計の光の位置になります。従って、地上で観察しているたかし君は1秒経っているので、「斜辺」の長さは1秒(光の速度で1秒)1Cとなり、「底辺」は宇宙船の速度0.6Cとなります。そこで三平方の定理を使えば、直角三角形の「高さ」、すなわち花子さんの宇宙船の光時計の光の到達地点に当たる時間が求められます。

三平方の定理
   直角三角形の「斜辺」二乗=「底辺」二乗+「高さ」二乗


「高さ」は0.8Cとなります。


つまり、地上のたかし君は1秒であるのに対し宇宙船の花子さんは0.8秒しか経っていないということになります。
移動している物体の時間は静止している物体の時間よりもゆっくり進むのです。
これがアインシュタインの特殊相対性理論です。(の一部分)






2016/02/14

(No.2432): 志ん朝四選


筆者の一番好きな落語家といえば古今亭志ん朝 さんですが
あの立川談志にして唯一お金を払って観たい落語家と言わしめた天才です。
志ん朝さんの噺はどれも素晴らしいのですがその中でも好きな噺を貼ります。

「付き馬」

昨日格子で勧めた牛が今朝はのこのこ馬になる。
「仲」を只で遊んでお金を払わないでふんだくっちゃう噺。


「柳田格之進」

浪人柳田格之進と質屋萬屋の主人とのじぃんとくる人情落語。


「宋みんの滝」

こちらも人情落語、腰元彫りの名人になるまでの男の噺。


「居残り佐平次」

上は来ず、中は昼来て昼帰り、下は夜来て朝帰り、下下が居続け、そのまた下下が居残りをする。
居残りを仕事にしている男の噺。




2016/02/10

(No.2431): 問2 偶然は( A )である。( B )は必然である。


そんな35年も前の話など屁の足しにもならんわ35年前からお前さんがテクノカットだからなんだと云うのだねそんなことよりも明日を考えよ明後日へ想いを馳せよと老犬黒柴C1号に諭されたので速やかにAbletonLive9を立ち上げる。


次回以降ライブ用のバックトラックに諸事を仕込む。
予てから低域の処理の難しさは曾祖父の遺言通りであり、即ち全帯域を網羅する音響の弾幕において、低域の低域たる存在の証しを得(う)るためには尋常の技法ではままならぬ。ままならぬと想っていた矢先、それは常套の技法でままなった。意外とままなった。本人も驚くほどままなった。

この僥倖を偶然では済まさず、必然と成らしめるよう技法の習得が必定であることは火を見ることよりも明らかであるうえで敢えて云おう。敢えて声を大にして云おうではないか。
まっこと偶然であると。


(日本語訳)
なんかキックとか足りない感じだったからなんとなく思いつくまま入れてみたら偶然に良くなったよ。もう二度とできんけど。



そんな偶然の重低音キックも鳴っちゃう電子音塊ユニットdewey[デューイ]のライブ情報はこちら。

-2016.03.04 (金) 大宮ヒソミネ
-2016.03.27 (日) 大久保 ひかりのうま


ヒソミネは今回初めて。エレクトロニカ系ではよくお名前を聞くハコ。dewey初の埼玉県進出。楽しみ。
ひかりのうま、3月で1周年、おめでとうございます。昨年の6月以来の出演。楽しみ。
というわけで詳細出次第発表。





2016/02/09

(No.2430): テクノカット歴35年


筆者が若い頃、おっさんやおばさんが自分の若い頃の話を嬉々としてするのを見るにつけ、ウゼーそんなのぜんっぜん興味ねぇやと思っていたので速やかに今から筆者の若い頃の話をする。

先日の「九枚の話」の解説からも分かる通り筆者が音楽を始めたのは大学からなのだ。
「そういうこと」に開眼するにはだいぶ遅い方だろう。大抵、子供心のカッコつけマン的発想で中学くらいに虚勢をはる的な塩梅でギターをやりはじめたりする人が多いと思う。
現在40代後半でテクノ系で頑張っている方々のエピソードだと小学とか中学時代にYMO聴いてハマりましたとかよく聞く話だ。

翻って筆者の場合、中学、高校時代では一切音楽に興味はなかった。例外として所ジョージ氏、自切俳人氏、つボイノリオ氏は聴いていた。音楽というよりは変な歌歌ってる人というカテゴリだ。

小学時代は怪獣と妖怪と電車だったし、中学では鉄道模型と無線とプラモデルとモデルガン、高校時代はアマチュア無線の資格を取った電子工作に没頭している鉄道研究部の副部長であった。そんな筆者は毎週末秋葉原界隈を練り歩いたいわゆる第0期生である。ちなみに1970年代後半の秋葉原は電子部品街と無線関係で埋め尽くされていた。
アニメどころかコンピュータのコの字も存在しなかった。

そんな筆者が1981年大学1年に成り立ての6月頃、その年の2月に発売されていたYMOの「BGM」というレコードアルバムを”偶然”聴いて、筆者の心は砕け散ったのであった。
当時YMOといえばワールドツアーも行い、セカンドアルバム「ソリッドステートサバイバー」のミリオンセラーで大成功を収めたバンドだった。「ライディーン」などは有名な曲だったのでラジオで聴いてはいたが、正直全く興味は沸かなかった。

ところがこの「BGM」の曲といったら同じバンドなのかと思うほど暗転しているのである。当時の世相や流行りの音の方向性から考えてもこのアルバムの曲は異質過ぎた。2016年の今聴くと違和感はなくなっているが。迸る感性の渦が半端ない。

「BGM」の中では不人気曲の「ラップ現象」がいい。幽玄なシーケンスもさることながらハーモナイズされた 細野御大の歌(ラップ調)の空気が好きだ。
「カモフラージュ」の完成度を超える曲を私は知らない。
「マス」でテクノを学んだ。


なおその後随分経ってから改めてYMOのファーストとセカンド(ソリッドステートサバイバー)を聴いてみたら「simoon」や「INSOMNIA」など裏の名曲数々の凄さを目の当たりにし頭を垂れる。
筆者は1981年7月1日に髪型をテクノカット(もみあげを水平にカット)し、現在までそれは続いている。








2016/02/05

(No.2429): 東池袋からJR中野駅まで歩く(第二回)


池袋で所用を済ませた後、いつもの調子で中央線付近まで歩いてみることにした。今日はまったく新しいルートを開拓してみようといつもの山手線沿いではなく、
西口から南南西方向へ向けて住宅街の細い道を歩く。地図はingressを使用し、ハックしながらの徒歩。池袋は少し歩くと大繁華街があっという間に静かな住宅街に変わるので、フェードアウト的な侘び寂びなどなく、急激に幕が降りる感じ。

目白、高田馬場の裏手(西側)は昭和30、40年代と思しき木造住宅も多く非常に落ち着く。
そして落合近くなったとき大きな段差で前方が開けて新宿方面のビル群が見える場所に来た。へーなんだここはとさらに進むと、山の中のような木々に囲まれて
さらに坂道がくねくねと曲がっている。電柱の住所を見れば新宿区となっており新宿でこんな山の風景のような場所があったのかと驚いた。坂を降りたら道の脇に「七曲りの 坂」の看板があった。
ここだったのか。初めて来た。

新旧の目白通りや西武線などを越えると神田川に当たった。このまま川沿いを歩けば東中野駅に行けることは知っているが、今日は中野駅まで頑張ってみようと
途中から早稲田通りへ入る。
実は以前、同じく池袋駅から中野駅まで歩いた時、へとへとに疲弊してしまいもう歩けなくなってしまう僕はここで野たれてしまう、と早稲田通りと山手通りの交差点のマクドナルドで昏倒しつつマックシェイクバニラを流し込んだ思い出がある。その時マックシェイクを飲みながら筆者は思った。もう若くないのだから無理はしないほうがいいのだ、と。
そのことを教訓としていたのにもかかわらず、その交差点を過ぎてもあまり疲れが出ていなかったのでなんか今日は調子良いからとか、いやもうだいぶ慣れてきたのかしらん、などと休憩も取らずに中野駅へ向かってずんずんと歩いた。
ところが、案の定それからすぐに何やら違和感が襲い、足がふらふらとなった。とはいえなんとかだましだまし歩いて中野駅到着。しかし中野駅北口の駅前広場の丸いベンチに座り込みしばし動けなくなる。

なんと歩数は前回とほとんど同じで16,818歩だった。
これしきのことでだらしがない本日の徒歩ルートはこちら。





2016/02/03

(No.2428): ディスクローター換算式(如月編)


気付けば二月。
我が六級改号DUCATI M696之介(註1)を12カ月点検に入庫させたのが一月の八日。ようやく昨日二月二日に出庫できたというから一ヶ月近くもかかった計算だ。
そもそも入庫は予定になかった。昨年の十一月末にエンジンオイル交換でドカ屋に訪れた際、エフオピさんのバイクもう四万キロオーバーなのでここいらで一回点検を受けた方がいいすよ、とのメカ様から詔を頂戴し、ですよねーと返す刀でそのまま点検予約、しかし十二月はもう一杯なので 一月に予約を入れて入庫したという経緯。

消耗品とは消耗するのであって、消耗したら新品に交換すればいつだって故障知らずのピンピカですぞ。御意、其の通りでございます。
その方式に則り、今回の点検では、一度も交換していなかった前後スプロケットを交換、同時に前回から勘定して2万キロ以上交換していなかったチェーンも交換必須とし、その他は消耗具合により検討という段取りとした。
スプロケットというのはエンジンの動力を後輪に伝えるチェーンを掛ける歯車のこと。動力部のある前方のスプロケットと後輪と同軸のスプロケットの間にチェーンを掛けて、このチェーンで駆動を伝達させるのだ。
ちなみにスプロケットは純正品を、チェーンはDIDのゴールド仕様とした。一般的にはスプロケとチェーンは同時交換する。


ところで、今回一番気にかかっていた部品がある。それは前輪のブレーキディスクローターである。ブレーキディスクローターとはブレーキパッドが挟む車輪と同軸に取り付けられている金属の円盤のことである。この円盤をブレーキパッドが挟むことで制動するのだ。

で、長年使用しているとブレーキパッドに限らずこのディスクローターも削れて厚みがだんだんと薄くなってくる。その交換目安の厚さ規定値があり、それを下回ってしまったら交換が必要となる。
しかしじゃぁ交換しようと簡単に言えないのだ。何故かといえばこのディスクローターは大変高価なのである。どれくらい高価かというと、このディスクローターは1枚は AKAI Timbre Wolf くらいするのだ。
しかもドカティモンスターの前輪にはそれが左右2枚ついているのだ。2枚。なので部品代だけで ARP ODYSSEY くらいするのだ。

それなもんだから、純正(ブレンボ製)以外で合うディスクがあれば探しておいてくださいと依頼しておいた。
結果的に、今回の点検では交換不要ということになり胸を撫でおろした。しかし部品を調べてもらったところ規格上、社外品で適合品がないとのこと。つまり交換する場合は、純正品のARP ODYSSEY くらいのやつにするほか手はないのだ。
南無。




(註1)
本名 六級改号DUCATI M696之介
別名 DUCATI Monster696+
エフオピのバイク、2009年型のマットブラック仕上げの機体、排気量696cc、空冷2気筒デスモドロミックエンジン搭載
セパハン並みのショートハンドル、イモラミラー、ドカティパフォーマンス製シート、リアフェンダーレスキット装着、アエラステップなどにカスタマイズ
このバイクに乗るためには大型自動二輪免許が必要