2022/06/06

(No.2617): 床屋を訪なう。シリーズ (なんだそうだったのか編)

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床屋を訪なうシリーズはあとがきまで書いていたので
もう今後ないのだなと筆者も思っていたのだが、
ここに来て新たな章に入った感を得た。

すでに何べんも触れているが、筆者は美容院は嫌いだ。
且つ床屋でも「要予約」といった”合理的なちゃんとしている”お店もダメだ。
髪を切りたいその衝動だけでサクっとやってくれる粋な床屋が好きだ。
しかも加えて、
店が汚い、日用品が散乱している、シャンプーカバーが臭い、
シャンプーが花王メリット、独特な雑な作法であるといった
一癖も二癖もあるような「一般的には嫌がられる様子」の床屋が大好きなのだ。

昔から筆者はそのような癖が強い床屋を贔屓にしていたのだが、
経営する老夫婦が引退したり、そのようなお店だから客が来ず潰れてしまったりして
筆者近所になくなってしまった。
そこで、予約不要の床屋といえばいわゆる1000円カットのみチェーン店といった、
味もそっけもないお店になるのだが、意外にそれはそれとして
性に合っていたのでしばらく通っていた。


そんなある日のこと、仕事終わりで床屋に行った。
しかし19時を回ってしまったためいつもの1000円チェーン店が閉まっていた。
他に飛び込みで入れる床屋はないかと思いを巡らせたら、
そういえば駅前にあったなと思い出した。
しかしその店はビルの2Fなのでどうせ予約制だろうと今まで敬遠していたのだ。

行ってみるとその店は予約制ではなかった。
しかもいわゆる昭和の床屋全としていたのだ。
即ち待合には漫画の単行本がずらりとあり、スポーツ新聞や週刊誌が雑然と散乱している。
そして、ぷーんと漂う昭和の床屋のあの髭剃り後に塗る派手な匂いのクリームの香り。

「デキル!」筆者はそう思った。

理容師のおじさんが2名。ガタイの大きなおじさんにやってもらった。
冒頭、髪の毛にシュッシュッと水を吹きかけた後、いきなり無造作に
デカい手で張り倒されるほどの勢いで、ガシガシと頭髪をむしりあげた。

「お!この雑な感じ!間違いない」と期待に胸が膨らむ。

バリカンのあとの整地ではデカい手を器用に動かして綺麗な刈り上げを造形するが
動作が異様に速い。
真骨頂は洗髪だった。デカい手で張り倒されるほどの勢いで、ワシワシと洗髪する。
ものすごい力だ。首をグッと堪えていないと吹っ飛ばされそうだ。

「いいぞ!こうでなくっちゃ!」
洗髪で顔は流しの中なので筆者の口角は無遠慮にニヤッとした。

洗髪後の拭き上げもいい加減で、髪や顔から水が垂れてシャツの襟を濡らしている。
嬉しくなった。

そして洗髪から髭剃りへの移行が素早い。髭剃りがすごいスピードだ。
シェーバー用電気カミソリらしく危険はなさそうだったが、
顔の皮をこれでもかと引っ張られギャワンギャワンと電気カミソリが顔の上を走る。
何度も痛ぇと思った。ウキウキしてきた。

この粗暴な荒々しさ、この適当な感じ、嗚呼待ちに待った床屋じゃねえか、
と思わず笑みがこぼれそうになるのをグッと耐えた。


ブオーとドライヤーから噴き出す激熱の熱風で頭を張り倒されていると、客が入ってきた。

「あー、●●ちゃん!座って待っててー、すぐ終わるから」

と、ガタイのでかい理容師おじさんは言った。
常連客か、と思ったらそうではなく、このあと飲みに行く友達のようだった。
なるほど、早く仕事を終わらせて飲みに行きたいからこんな雑な扱いだったのか。

まったくいい店を見つけた。
この店、贔屓にしよう。そう思った。