2021/01/31

(No.2589): studioD.E.L 近況

正直、ここ数年電子音楽系楽器で欲しいものは特になかった。Moog Sub PhattyとAbleton Live10ネイティブのヴァーチュアル楽器だけで、筆者の創作環境は何も問題は生じなかった。
もちろん魅力的な製品がなかったわけではないが、今の環境で自分なりの創作環境充足感があったからだ。新しい機材よりも新しく生み出す電子音楽に注力できる意思が勝っていた。
ところが昨年になって立て続けに筆者の心を揺さぶるプロダクトがお目見えした。


昨年発売されたSEQUENTIAL Prophet-5 (Rev4)には驚いた。筆者のように1980年前後にリアルタイムでテクノ渦中にいた年代には特別な思いがあるProphet-5の新品のホンモノが登場したのだから。
当時170万円もしたが、Rev4は50万円。音だとか機能云々とかライブでの使用だとかそういう現実的な次元ではなく、死ぬまでには所持しないとならない機材の一つだという認識だ。こんな想いを持っているということは当時の呪縛からまだ抜け出せないのだろう。でもそれがいいんじゃないか。
とはいえすぐにぽんと買える金額ではないので、遠くから眺めるだけにしておくことができるのでまだ冷静だ。
それは創作のための自助ではなく、単純な物欲の発生に他ならなかった。

もう一つ昨年から気になっていたModal Electronics社のCOBALT8が年が明けてようやく日本でも発売された。
こちらは現在の制作環境への投入とdewey deltaのライブ使用を前提とした、完全なる実務レベル機材だ。ARGON8というウェイヴテーブルシンセが既発であるが、こちらは今一つ筆者の琴線を揺らせなかった。
COBALT8はヴァーチュアルアナログシンセというカテゴリだという。所持しているCLAVIA Nord Lead2と同じだ。
ウェイヴテーブルの何たるかを知らないので偉そうなことは言えないが、筆者はやはりオシレータといえばサイン波や三角波や矩形波やパルス波といったアナログシンセ由来の発振が好きだ。
昨年末から日本発売いつなんだろう発売したら速攻で買うんだ俺、と日々ネットを注視していたのに、tairaさんのツイートを見て初めてそれを知り、うおぉー見逃してた!と叫びつつ数分ののち発注した。
COBALT8のインプレッション的な話はまだ書けるほど触っていない。が、筆者の標榜するような「音像」「機能」は遥かに想像を上回っていた。特にオシレータの自由度が高く、最近のシンセに多い波形種の切り替えがバリアブルになっており、
うまく解説できないがオシレータパラメータ(現在の波形を微妙に弄る機能?とディチューンのような機能?)が組み合わせられると、今まで聴いたことがないような音を作ることができる(と思う)。残念ながら筆者はそこまでのスキルなし。
パネル前面にも数多くのノブやエンコーダーが配置されているが、全ての機能にアクセスできないため、Shiftボタンや各種ボタンの組み合わせで深い階層まで降りてパラメータ操作する必要がある。
覚えることが多く最近物覚えが悪い筆者にとっては鍛錬が必要だ。稚拙な鍵盤演奏も含めて。


また、制作環境も含めてライブでの使用を考慮すると入力数の確保が急務であることがわかり、この先わたくしはどうすればいいでしょうとtairaさんへ相談すると多チャンネル入力マイクプリでADAT出力付きならUNIVERSAL AUDIO APOLLO TWIN に挿せるということを教えてもらい、なるほどこれは今まで気付かなかったとBEHRINGER ADA8200をすぐに導入した。
こいつがことのほか良い製品で、なんで今まで導入しなかったのかと後悔するほどだ。
これがあればハッチャキさんドラムのパラ録音もできる。

現場からは以上です。

2021/01/16

(No.2588): 初めてH沢さんに会った時の話(改題アンド加筆修正)

30年ほど前、東京N区の某商業レコーディングスタジオへ見学お呼ばれでお伺いしたときの話し。

当時乗っていたローバーミニでスタジオの駐車場へ乗りつけると、鎮Zさんのローバーミニの横にH沢さんのシトロエンBXが停まっていた。(当時鎮Zさんも筆者と同じローバーミニに乗っていた)

スタジオの受付で当時のH沢さんの事務所名を告げると、○スタジオですと部屋を案内された。
地下のそのスタジオの入り口は自動ドアになっており、ビューンと開くとすぐそこはコントロールルームだった。

1億円以上もする(本当かどうか不明)というSSLの大型ミキシングコンソールの前に鎮Zさんが座っていて、後ろにあるソファにはH沢さんが座って週刊漫画雑誌を読んでいた。
コントロールルームにはそのほかに事務所の社長Kさん、レコード会社ディレクターTさん、あとMTR操作のアシスタントの方、それとH沢さん周辺の若いミュージシャン?と思しき方がいらっしゃったと記憶している。

鎮Zさんが筆者をH沢さんに紹介したら「あーあんたですか、打ち込み野郎は」と挨拶された。筆者は「うひゃへへー」と頭を垂れた。
また、こちらは部外者なのに事務所のKさんやディレクターTさんは大変親切だった。
「今日H沢さん歌う予定だったんですけど、スケジュールの都合でミックスダウンなんですよー残念でしたよね」とか気を遣って頂いたり。

あるアニメ映画のサウンドトラック制作でその日は数曲のミックスダウンだった。
ミックスを変えて聴き比べるというのをけっこう長くやってたような気がする。
特に印象に残っているのは、H沢さんが「ディメンジョンを使っているのは知っている」と紙に書いたメモを鎮Zさんにそっと渡しているところ。
しかもそのメモには 怒った人物の顔が漫画っぽく描かれていた。
H沢さんが鎮Zさんにエフェクター使わずに広がりのある音像を希望していたらしいのだが、鎮ZさんがこっそりRoland Dimensionを通していたことがバレたのだ。


当時の音楽制作現場はデジタルになってはいたが、MTRなのでテープの架け替えとか巻き戻しがあった。その時間がけっこう掛かっていた印象。昨今のDAWだとロケーター移動は瞬時だ。
しかも専任のアシスタントの方がその操作をやる。録音時のパンチインパンチアウトもやるので緊張するという。
当時筆者の環境も8TRのMTRだった。当然アナログだけど。

ご飯食べましょうということになり、全員がロビーのような休憩ルームのような場所に移動。
丼ぶり系のてんやものを取るという。筆者は実はここに来る前に食べてしまっていたのでご辞退した。
皆さんカツ丼を頼むがH沢さんは卵丼だったのは覚えている。卵丼の卵抜きだったのかも?


そういえばトイレ(男性用小)がすこぶる汚かった。おしゃれなレコーディングスタジオなのにーって思った。