2021/01/16

(No.2588): 初めてH沢さんに会った時の話(改題アンド加筆修正)

30年ほど前、東京N区の某商業レコーディングスタジオへ見学お呼ばれでお伺いしたときの話し。

当時乗っていたローバーミニでスタジオの駐車場へ乗りつけると、鎮Zさんのローバーミニの横にH沢さんのシトロエンBXが停まっていた。(当時鎮Zさんも筆者と同じローバーミニに乗っていた)

スタジオの受付で当時のH沢さんの事務所名を告げると、○スタジオですと部屋を案内された。
地下のそのスタジオの入り口は自動ドアになっており、ビューンと開くとすぐそこはコントロールルームだった。

1億円以上もする(本当かどうか不明)というSSLの大型ミキシングコンソールの前に鎮Zさんが座っていて、後ろにあるソファにはH沢さんが座って週刊漫画雑誌を読んでいた。
コントロールルームにはそのほかに事務所の社長Kさん、レコード会社ディレクターTさん、あとMTR操作のアシスタントの方、それとH沢さん周辺の若いミュージシャン?と思しき方がいらっしゃったと記憶している。

鎮Zさんが筆者をH沢さんに紹介したら「あーあんたですか、打ち込み野郎は」と挨拶された。筆者は「うひゃへへー」と頭を垂れた。
また、こちらは部外者なのに事務所のKさんやディレクターTさんは大変親切だった。
「今日H沢さん歌う予定だったんですけど、スケジュールの都合でミックスダウンなんですよー残念でしたよね」とか気を遣って頂いたり。

あるアニメ映画のサウンドトラック制作でその日は数曲のミックスダウンだった。
ミックスを変えて聴き比べるというのをけっこう長くやってたような気がする。
特に印象に残っているのは、H沢さんが「ディメンジョンを使っているのは知っている」と紙に書いたメモを鎮Zさんにそっと渡しているところ。
しかもそのメモには 怒った人物の顔が漫画っぽく描かれていた。
H沢さんが鎮Zさんにエフェクター使わずに広がりのある音像を希望していたらしいのだが、鎮ZさんがこっそりRoland Dimensionを通していたことがバレたのだ。


当時の音楽制作現場はデジタルになってはいたが、MTRなのでテープの架け替えとか巻き戻しがあった。その時間がけっこう掛かっていた印象。昨今のDAWだとロケーター移動は瞬時だ。
しかも専任のアシスタントの方がその操作をやる。録音時のパンチインパンチアウトもやるので緊張するという。
当時筆者の環境も8TRのMTRだった。当然アナログだけど。

ご飯食べましょうということになり、全員がロビーのような休憩ルームのような場所に移動。
丼ぶり系のてんやものを取るという。筆者は実はここに来る前に食べてしまっていたのでご辞退した。
皆さんカツ丼を頼むがH沢さんは卵丼だったのは覚えている。卵丼の卵抜きだったのかも?


そういえばトイレ(男性用小)がすこぶる汚かった。おしゃれなレコーディングスタジオなのにーって思った。

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