2021/04/08

(No.2599): 2008年のdeweyはこちら




この写真は第1期dewey。もう13年前。代々木のノア・スタジオで練習後にロビーで撮ったもの。
代々木のノアがまだ改装前の狭い建物のとき。
第1期deweyでは筆者はドラム担当だった。たしかこのとき、円形脱毛症があったのでキャップをいつもかぶっていた。

そもそもdeweyは電子音楽と生ドラムを混ぜこぜする音楽をやりたいために始めたのだ。
しかし筆者のへたっぴーなドラムだと、せっかくのtairaさん楽曲の良さをスポイルてしまう展開となり、そもそも自分が思い描く音像に遠く及ばないことがわかり、この数年後筆者はスティックを折ったのだった。

今にして思えば、筆者の稚拙極まりないドラミングとも呼べないあんな不様な在り様をよく人前に晒していたと思う。
結局ドラムは9年少しやっただけである。
最初は2002年頃、仕事関係の仲間で作ったブルース・ソウル系バンドにドラムで加入。ドラムは独学でやっていたが、途中からWEB通信講座でドラムの基礎を学ぶ。

ブルース・ソウル系バンド内での会話ではテクノやらエレクトロニックやらの音楽は100パー無関心。あたりまえだけど。
もっぱら60年代70年代の洋楽カバーやGSのカバーを中心に活動していた。
バンドメンバーの話す内容がほとんどわからず、唯一JBだけは知っていた。

バンドメンバ「ボ・ディドリーのヘイ・ボ・ディドリーやろうよー」
エフオピ  「????何語だ?」

しかしこのバンド、筆者のドラムでよくライブできたよなと思う。特にギターの人はChar氏と共演したこともある名うてミュージシャン(当時)だし、やりにくかっただろうと思う。

ギター系バンドでのドラムは筆者の本位ではなく、やはりギャニュギャニュとした電子音塊の中での生ドラムという音像を求めるため、deweyを結成してドラムをやったのである。
しかし、現実はそうは問屋が卸さず冒頭へ戻る。


考えてみれば、筆者がdewey結成当時標榜していた「電子音楽と生ドラムを混ぜこぜする音楽」がdewey deltaとなって結実しているのだ。
ハッチャキさんの卓越したドラミングとtairaさんや筆者の電子音塊とが混ざった音像は、正しく筆者が当時思い描いていた光景である。
上の写真を見て、そんなことを思い出した噺。

人生とは面白いものね。


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