2021/04/03

(No.2598): ある鰻屋の謎

 「鰻の幇間」という落語がある。
超簡単なあらすじはこうだ。
幇間(太鼓持ち)が往来でお客を漁っていたら、浴衣掛けの若旦那と思しき男が声を掛けてきた。
どこかで会ったことがあるのだが思い出せない。思い出せないが、取り巻いてうなぎ屋でご馳走になることに。
この男、実は詐欺師であった。
幇間は結局この男に騙されてうなぎ屋の勘定はもとより、数人分のお土産を持ち帰られた上に自分が履いてきた下駄まで盗まれてしまうという噺。

この噺に出てくるうなぎ屋はひどく汚く且つぞんざいな店で、店自体も傾いているし客間もぼろぼろ、そして肝心のうなぎは3年噛んでもとろっとこないほどの硬さという不味さ。
お勘定をもらいにきたお店の賄いお姉さんにいろいろ文句をぶつける幇間。

「このうなぎどこで獲ったんだい、天井裏かなんかで獲ったんじゃねぇか」


筆者は鰻が好物だ。否、正しくは、「ある鰻屋のうな重」が好物なのである。
予てから鰻好きを公言して憚らない筆者において、西は浜名湖、東は成田参道までいわゆる名物と言われるような場所へ赴き鰻を食べ歩いてきたが、
結局”その鰻屋”を超える鰻にはまだお目にかかれていない。

どのお店もけっして不味いわけではなく、美味しいのは間違いがない。だが、”その鰻屋”と比べるとそれら名店ですら霞んでしまうほどだ。

大げさな物言いかもしれないが、”その鰻屋”の鰻ときたら、うなぎであって鰻でない、まったく別の食べ物であるという印象だ。
従来のいわゆるうな重の概念が変わる。

即ち、その鰻は歯が不要なほどに、溶ける!
ほくほく。
50年以上継ぎ足された絶品タレと焼き加減、鰻とご飯とのバランスが絶妙。完璧なまでの拵え。
とにかくほくほくと溶ける。
そして、量が多い。うな重上で概ね3枚乗ってる。たまに卵焼きも入っていたりする。成人男性でも完食すると腹ぱんぱんになる。
肝吸いも美味い。
自家製の香の物も美味い。
しかも、驚くことにほかの鰻屋さんよりもだいぶ安価である。



実は”その鰻屋”は築地の某有名老舗うなぎ店の暖簾分け店である。
老齢のおやじさんが若いころ修行されていたのだろう。お婆さんとご夫婦のみで営まれている。

器、箸袋、山椒の小袋、出前の時におぼんに被せている包み紙、に至るまでこの某有名老舗うなぎ店の屋号が印字されている。

ところが、この有名老舗うなぎ店のサイトに暖簾分け店として、”その鰻屋”は載っていない。(ほかの暖簾分け店は載っている)
上述通り、本家屋号の入った小物を使用できていることからして、オフィシャルだと思うのだが謎の一つなのだ。

もう一つの謎。
”その鰻屋”は冒頭の落語にあるようなひどく汚い店構えなのだ。
時代が付いた古さというそんな粋なものではなく、だいたい入り口の破れたひさしには「ラーメン」と書かれてある。
潰れてしまったラーメン屋にしか見えない店構えだ。そもそもどこをどうみても鰻屋には見えない。


実は、その廃ラーメン屋家屋は”その鰻屋”のイートイン店内給仕用として使用されていたようで、実際の調理は2軒先の自宅兼厨房で行われている。注文もそこに行く。

しかも、数年前からイートインはやめてしまって、現在は出前オンリーになってしまった。
上の写真は昨年の夏頃に撮ったもの。現在はこの店舗は使用されていないが、営業中の時とさほど見栄えは変わっていない。

リスペクト。



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