2021/05/25

(No.2603): 秋葉原群像(旧友N編)

 先日、小・中学の同級生だった旧友Nと秋葉原を訪なった。
秋葉原は、近年はライブやら楽器機材やら打ち合わせやらで訪れることもあったが、いわゆる電気モノを物色するために訪れるのは久しぶりだった。

突如急速なる嗜好復活における常套な行いではある。即ち、くだんのアマチュア無線ベクトルの復活だ。

旧友Nもアマチュア無線の免許を持っており、筆者と同じ高校生の時40年ほど前に取得している。しかし、示し合わせて免許を取ったわけではなく、たまたま偶然だった。

中学を卒業してからしばらく疎遠だったが、高校2年の時、筆者自宅屋根のアンテナを見つけ訪ねてきて、「おまえも無線やってたのー?!」とお互いそれを切っ掛けにまた遊ぶようになった。


ところで旧友Nは、筆者のあまたエポックを成すポイントにおいて、必ず登場する男なのだ。
実際、この時から、何か新しいことを始める時には、なぜか旧友Nがそこにいるのだった。

一番の貢献は、テクノだ。
実は筆者が音楽、特にテクノに傾倒し、こっち方面に来る切っ掛けを作ったのも彼だった。

それは忘れもしない1981年の6月。筆者も彼も大学1年生のとき、旧友Nが筆者の家に遊びに来て「スネークマンショー・急いで口で吸え」を録音したカセットテープを聴かせてくれた。
その時に聴いた「YMO/磁世紀 開け心」に突如心が動いた。
そもそもそれが最初だった。

以降は、クルマ、エアガン・サバイバルゲーム、ホーロー看板などの潮流、そしてここには書けないあれとかこれも含めて、改めて振り返るとそこには必ず旧友Nが存在していた。

閑話休題。
そういう目的で訪れた秋葉原だが、無線屋さんがなんと少なくなってしまったことか。
厳密に無線関連パーツということでいえば、ラジオ会館等の小さな小売店でもあるにはあったが、アマチュア無線機やアンテナ関連等を置いている店は4軒だけだった。(本当はもう少しあるのかもしれないが。。見つけられず)
30~40年前の秋葉原はアマチュア無線を扱っているお店がたくさんあったのに。目をつぶって歩いてぶつかったらだいたい無線の店。

アマチュア無線の近況を調べてみると、人口がだいぶ減ったとのこと。
たしかに商品の価格をみると昔に比べて単価が高い気がする。購入者分母が減ったことによるものか。


そんなことを思いつつも電子パーツ屋さんを巡りながら、dewey やdewey deltaで使える飛び道具の物色も忘れなかった。
アラカンのおっさん二名にミニスカメイド服お姉さんが「おにいさん、おにいさん、いまお時間ありますかぁ~」と声を掛けられること百と八回。



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