2020/11/11

(No.2584): 徒でゆく(奇妙な家編)

家で仕事をするようになって8か月になった。一日中いわゆるテレワーク状態であるので、仕事を終えたら必ず歩きに出掛けるようにしている。
しかしテレワークで運動不足になったから歩きに出るようになったわけではない。筆者はもう何年も前から歩く習慣がある。
特に、ディープな裏路地をこぞって歩く。テレワーク前は仕事場から、あるいは出先から電車の二駅三駅など普通に歩いていた。

毎日最低でも4kmは歩いているが、最近の歩くコースが家の周辺が多いのは仕様がない。
よく通る住宅街の市道。車がすれ違えないくらいの道幅。両袖には住宅が並んでいる。小洒落た新しい家もあれば、昭和の佇まい住宅もある何の変哲もない風景。
筆者がその辺りを歩き始めて8か月、そこに奇妙な家が存在しているのに気付く。

その家は、比較的新しい建物でロフトっぽい3階のある木造モルタル一軒家。ぱっと見、何の印象もない普通の住宅である。
何が奇妙なのかというと、筆者が歩くのはたいてい19時から21時頃なのだが、その時間にその家の前を通っても一度も家の灯りを見たことがないのだ。
ただ玄関のインターフォンの赤いLEDが灯っている。この辺りは空き家も多いが、しかし電気は通っているのだから人は住んでいるのだろう。だいたい小さな庭には落ち葉一つないし、玄関もよく見れば綺麗に掃き清められているではないか。
しかし窓は雨戸が締まっているし、雨戸のない窓はもちろん、台所と思われる家の裏の窓も真っ暗である。だいたい玄関の常夜灯も点いていない。
そうか、何人家族か知らないがこの家の住人はきっと夜が遅い仕事なんだろう。そう思っていた。

日曜の午後。ちょうどその家の前を歩いて通った。いつもの窓は雨戸が閉まっているし、どこの窓も開いていない。昼間だからということもあるが電灯もついていない。
つまり、夜見ているそれと何ら変わらないのだ。
しかも、一度や二度ではない。日曜でも土曜でも平日でも昼でも夜でも同じ状態なのだ。

これはいよいよ謎だ。人の住まない家は荒れる。空家ならそれなりに雑草も生えるし家も傷むはずだ。しかし、相変わらず庭には落ち葉一つないし、玄関も綺麗だ。

そんなある夜のこと。いつものようにざくざくとその家の前の道を歩いていく。その家の灯り確認は日課になっており、今夜も真っ暗だなーと思いつつ玄関に目をやると、パンパンに膨らんだ燃ゆるゴミの袋が口をギュッと結んで門の内側玄関前にぽつんと置いてあるではないか。
んぐわッ!と心で叫んだのは言うまでもない。やっぱり人がいるんじゃん!灯り点いてないけど。
いや待てよ、ひょっとして前からこのゴミ袋置いてあったのかな。僕が気付かなかっただけで。あれ?明日燃ゆるゴミの日だっけ。違うよな。などと混乱しつつも、しかし何か一つ得した感じがした。

次の日の夜、当然ゴミ袋の行方を確認するために、その家の前を訪なう。
ない。ゴミ袋がなくなっている。燃ゆるゴミの日じゃないのに。嗚呼謎は深まるばかりである。

それからまた1ヶ月くらいは、何事もなく、つまり夜も昼も真っ暗で、窓の状態も変わらないし、燃ゆるゴミ袋も登場せず過ぎていった。
そしてついにその日が来た。

ある土曜日の夕方、またしてもざくざくと歩いてその家の前に来た時、筆者は今までに見たことがない光景を目の当たりにした。
1階の雨戸が開いて部屋の中に電灯が点っているのである。さらに裏の台所と思われる窓からも暖かな灯りが洩れているのだ。
うおーッ!と声に出たよね実際。達成感に満たされる日だった。人が住んでるじゃんやっぱり。よかったよー。


しかし、灯りを確認できたのはその日だけで、その日以来また静寂暗闇が続いている。あれは本当の出来事だったのだろうか。

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