2023/01/24

(No.2633): 遠巒の廻廊(十六)

 

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その男は振り向いてワイマールとヤン・ヨークビンセントを見た。

「この匂いか?、キンメツゲの香りだ」

そう言った男の顔は菅井だった。


「スガイ..」

「。。。」


ヤン・ヨークビンセントは座り込んだままそれを言うのがやっとだった。
ワイマールはまばたきを忘れ、口を開けたまま固まっている。


「あんたたち。」


菅井はここまで英語で言い、あとは日本語で言った。


「本当にしつこいねあんたたち。まさか勝手に人の家に入ってくるとはね」


菅井は彼らを無視してキンメツゲの束を床に置くと、よっこらしょと言いながら立ち上がった。
そのままこの寝室に作り付けられているクローゼットの扉を開けた。
クローゼットの奥にさらに隠し戸があり、それを押し開けると金庫の扉が現れた。
菅井がダイヤルを回して開けると中には一抱えほどの黒い長方形の箱が入っていた。


「よかった。この箱は見つけられなかったようだね」


ワイマールとヤン・ヨークビンセントはその動きを目で追っていたが
ヤン・ヨークビンセントはびくっと我に返って叫んだ。


「ミスタースガイ! あんた一体どこから入ったんだ!どこに隠れてたんだ!」


菅井はちらっとヤン・ヨークビンセントを見たが何も答えず、
箱を慎重に持ち上げて、開いて機械が覗くスーツケースの横に置いた。


「さて、わたしはこれでここからいなくなる。もうここへは戻らない。
本来ならあんたたちをどこかの時代へ飛ばさなければならないんだが、
スクナ様とご一緒では無理なんでな。運がいいよ。
遺物ももうここにはないしね。あんたたちがいくら騒ぎ立てたところでどうにもならんよ。

「日本語だよ、ヤン君」


ワイマールはようやくそう言うと立ち上がってヤン・ヨークビンセントへ教えた。


「英語で話してくれ。僕らには日本語はわからない。
我々は友人行方が知りたいだけなんだ、知っているなら教えてくれ」

「心配ない。ドクター・フェルディナンド・セジュウィッチバーグは生きている。過去に」


菅井は英語でそれだけ言うと、スーツケースの機械を操作し始めた。


過去に? 意味が通じないよ。英語が話せないんじゃ埒が明かないな」


とワイマールが言うと、ヤン・ヨークビンセントが飛び起きるように立ち上がって


「ほらやっぱり先生の名前を知ってるじゃないか!おい!先生はどこに!」


と叫んで菅井に掴みかかろうとした。


「危険!」


菅井が一喝した。
ヤン・ヨークビンセントは菅井に触れるや否や何か強い力で弾き飛ばされた。

突然、スーツケースを中心にして半球状に空間が歪んで見えるようになった。
まるで質の悪いガラスでできた半球状のお椀をかぶせたように見える。
その歪んだ透明なお椀の中で菅井はその中心にあるスーツケースの横で胡坐をかいている。
クローゼットから持ち出した箱もキンメツゲの束もその半球の中だ。
次第に水が流れるように半球空間の中のすべてが流れて行った。
その流れも次第に薄くなり、そして何もなくなった。

それをワイマールとヤン・ヨークビンセントの二人はただ見つめていた。
消えいる間際、バチンと盛大に空気振動音が鳴ったがすぐに無音になった。

それは十数秒の出来事だったが、ワイマールとヤン・ヨークビンセントにとっては
その何倍にも感じられた。
もうこの部屋の中には菅井の姿はおろか、スーツケースも
クローゼットから持ち出した箱も、そしてキンメツゲも消えていた。



「ワ、ワイマールさん、見ましたよね。。本当にこんなことって。。」

「ああ見た。。見たとも。やはりフェルディの発見したものはオーパーツだったんだよ。きっとそうだ

「ある程度解読してしまった先生を、あいつが誘拐したということですか」

きっとスガイの他にも仲間はいるんだと思う。あんな機械を使う連中だよ」

「先生は無事でしょうか。。」

スガイが言ってただろう。フェルディは生きてるって。過去に」

「過去に生きてるってどういう意味ですかね」

「さっきの現象を見ただろう。過去というのは時間の事かもしれないな」











ワイマールの家へ戻った二人はパソコンを開いてネットを使って調査を始めた。
過去に生きているという言葉をそのままの意味と捉え、
フェルディナンド・セジュウィッチバーグ博士の痕跡が、
彼の生まれる前の時代にないか調べていた。


「とはいうものの、何をどう調べていいものか、ねぇヤン君」

「漠然と検索しても何も見つけられませんよね。出てくるのは今の先生のことばかり」

「あのスガイというのはどうみても人間で日本人だろう。奴の痕跡を調べてみるか」

「いっそのこと大英図書館に行きますか。あそこなら昔の新聞記事も読める」







「ワイマールさん、これって関係ありますかね」


大英図書館の閲覧室で古い新聞記事を調べていたヤン・ヨークビンセントが
一冊の新聞記事の写しをワイマールへ見せた。


「ロンドンタイムズ紙の記者が日本へ取材旅行したとき日本の奇譚話を集めた
ということなんですが、Fukagawa Fuyuki-cho Tokyo(深川冬木町)
というところに奇妙な男がいたという記事です。
えーと、日付は1908年11月14日の新聞ですね

「105年前だね。どんな記事だい」

「その男の祖父にあたるトースケという人物がよその世界から来た”セジュイチバルグ”
という名のイギリス人を匿ったというんです」

「なんだいそりゃ?」

「この名前ってセジュウィッチバーグじゃないですかね」

「そうだとしても、その名前SEDGWICKBERGだってイギリスにも多いじゃないか」

「そうですか?ぼくは先生以外知らないですけどね。それと、
”よその世界”から来たっていうのも引っかかりますよ」

「外国人だからじゃないのかね」

「でもそれなら”イギリス人”だけでいいじゃないですか。
なんでわざわざ”よその世界”からってそのトースケという男は言ったんでしょうね。
記者も変な表現だとしてそのまま使ったのかなと」

「うん、まぁ僕らのあの体験したことを思えば、確かに気にはなる記事だね。
本当にフェルディのことかもしれないし。その記事はコピーを取っておこう。
しかしヤン君、膨大な新聞の中からよくそんな記事を見つけたもんだね」

「簡単ですよ。先ずは1900年前後のロンドンタイムズの中から
日本、SEDG WICK BERG両方出てくる記事をデータベースから検索してみたんです」


ヤン・ヨークビンセントは鼻を膨らませながら記事の写しを回してみせた。


「君はこういうことにも才能がありそうだね。
ところでヤン君、スガイがあの部屋のクローゼットの金庫の中から持ち出した黒い箱のことなんだけどさ」

「ええ、何ですかねあの箱。重そうには見えなかったけど慎重に持ってましたよね」

「うん。スガイがあの家に戻って来たのは、あの箱を取りに来るためだったんじゃないかな」

「何が入っているんでしょう。厳重に金庫に入れてましたよね。お金とか貴金属ですかね?」

「いや。そういうものではない気がするよ。
うまく言えないんだけど、何か禍々しいものという感じがするんだよ。
例えば呪われた剣みたいな。いやごめん、まったく論理的ではないんだけど、
なんというか感覚的なものなんだ」


ワイマールはそう言うと、肩をすくませてみせた。


ワイマールさん、言われてみれば僕もそんな気がします。あの場にいると
口がきけなくなるっていうのかな」

「うん。とにかく、あんな信じられない現象を起こしている連中だから
何があっても不思議じゃない気がするよ。まぁ僕ら科学者としてどうかとも思うけどね」

「科学者というか僕は先生の助手ですから」


そう言いながらヤン・ヨークビンセントはさきほどの新聞記事の写しを
なんとなしに見返していた。
すると記事の中の一つの単語に目を奪われた。

the Ark of the Covenan


「ワイマールさん、これってあの箱のことですかね。さっきの日本旅行した
記者の記事の続きですよ。日本の民俗学と絡めてますが、”セジュイチバルグ”
匿ったトースケという男がこの箱についても話していたようです

「はは、流石にアークじゃないだろうが。ちょっと記事を見せて。
ははぁ日本には箱神という箱の中にいる神をお祀りする風習があったようだよ。
日本語ではHako Gamiと発音するらしい」

「じゃぁあの箱の中に神が入っていたということですか?」

「比喩だとは思うがね。あの箱は消えてしまったし、今となっては調べる術はないね」








(続く)





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