2015/04/27

(No.2335): 晃一郎と吉之助(迷宮の提唱会)


先日の夜桜の頃よりも一層温かさを増した辻から、亀住町行きの最終東京市電がガタコトと揺れて路地に消えていった。その市電の通る表通りの辻にある木造二階家。階下は道具屋になっている。その道具屋では仕入先のわからぬ怪しげな物品や拾ってきたような生活の品々を並べて商っている。店主はなぜか晃一郎を気に入って格安で二階の六畳に住まわせている。
その二階の六畳に白湯とお茶を挟んで、晃一郎は月読栄堯郎と向き合っていた。六畳間に設えた一尺ほどの小窓は開け放たれ、皐月の夜風が心地よく部屋に誘う。

「奴らに足りないものは何だろうか。IIS7.5+ASP.NET基地を攻めるための気だるい午後のひとときか。はたまたApache2.5+Tomcat6城を落とすための門外不出△家の隠された秘宝か」
「月読(ツクヨミ)の言ってるこたぁちっともわかんねぇ、もちっとわかるように話せよ」
「晃一郎くん、君ねつまりこういふことだよ」
月読は言いながらは立ちあがり、通りに面した一尺ほどの小窓の外に向かって「奴らに足りないものはっ、何だというのかっ、何なのだッ」と叫んだ。
「おいおい、うるせぇぞ、夜中だってぇのに」
晃一郎は慌てて月読の袖を引っ張った。
「晃一郎くん、君ねそんなじゃ埒は明かないんじゃぁないのかい」


そこへ階下からばたばたと裸足の足音が階段を駆け上がってきた。

「ハァハァ、こ、晃さん、遅れて 、すまねぇ、デハー」
吉之助が息も絶え絶えに部屋に入ってくるとそのまま畳の上へ転がった。
「おい、おめぇもちっとは静かにしねぇか、下にゃ大家が寝てんだぜ」
「ハァ、ハァハァ、て、提唱会のはなしを、聞かせておくんない」
そう言うと晃一郎の湯のみの白湯をぐいと飲み干した。一息ついたのか、立っている月読に気付き、慌てて「あ、どうも、吉之助と申しやす」とまくした。

晃一郎はやれやれという思いでおもむろに続けた。
「例の軍装のれんじゅうの次の提唱会だがよ、実ぁまだ決まっちゃいねぇんだ」
「へ、なんだ、まだ決まってなんですかい」
「それで、おめぇ、、この月読先生に出張ってもらってるんだがよ。。だがどうも、なぁ」

「晃一郎くん、君ね、なんだねその落胆したような物言いは」
「いやなにね、結局、月読もその辺りにゃ弱いってこった」
月読はしずしずと畳に座り込んだ。

「例の軍装のれんじゅうに足らないもの、でやんすか」
ごろりと横になり鼻くそをほじりながら吉之助がのんびりと言った。
「ああ、おめぇなんだと思う」
「おいらにゃ、さぱりと見当がゆきやせんや」
「もうお手上げてぇとこだな」
もう仕舞いかと腰を上げかけた晃一郎に、先ほどとは打って変わったキツイ目を向けて月読が静かに言った。

「晃一郎くん、君ね、奴らはね、deweyの奴らはそもそも存在などしていないのだよ」
「どういうこって」
晃一郎は驚いて月読を見据えた。
「全ては幻影、空想、マボロシなのさ、おそらく、私もね、そして君たちもさ」
そこまで言うと月読はすっと立ち上がって晃一郎たちを見下ろした。
「実体さね、奴らに足らないのは、実体さね」

そう言い終えた月読の体は透けて見えていた。その消えつつある月読を見上げて晃一郎と吉之助はその場を動けなかった。しかしなるほど、そういうことか、と晃一郎はある確信を持った。

「こ、晃さん、こ、こ、こっ」
口だけをぱくぱくしながら吉之助はがたがたと震えている。
「おいらにゃ、わかったぜ、全てのカラクリがな。。」

最終市電の過ぎ去った路面電車のレールの鈍い輝きが夜の帳の色と同化するのに時間はかからなかった。




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