2013/09/02

(No.2052): 晃一郎と吉之助(提唱会始末)


暦は長月に入ったとはいえ、このうだる暑さに
晃一郎は二階の部屋の通りに面した一尺ほどの
小窓を開け放ち、それでも足りずに襖も
階下の木戸も開け放ち、そして部屋の真ん中で
褌一つで大の字で突っ伏していた。

昨日買って来た氷塊を階下のひむろ(氷室)に預けて
いたが、この暑さで溶けちまうんじゃねぇだろうか。
溶けるめぇに喰っちまわねぇと。
砕いて口に放り込むってぇと随分と溜飲は
下がるだろう。
そう思って晃一郎が起き上がろうとすると
丁度階下の木戸の辺りからばたばたと足音が聞こえた。



「お、こいつぁ、おあつらえだぜ。。
おい! 吉公ッ! おめぇすまねぇが
しむろっから氷の一つも砕いて持ってきて
くんねぇかい」

晃一郎は上半身だけ起き上がって階段の下へ
届くように声を張り上げた。
すると階段の下で草履を脱ぎながら
吉之助が声を上げた。

「え、晃さん! なんでおいらだってわかったんで」

そう言うと吉之助は階段をあがってきた。

「おい、なに手ぶらで上がってきやがんでぇ
しむろっから氷持って来いって言ったろう」
「あ、めんぼくねぇ、忘れていやした」
「瞬きほどのことじゃねぇか」




菱形模様のガラスの器に入れた砕いた氷を
晃一郎と吉之助は畳の上に胡坐をかいて
頬張っている。
晃一郎は今は浴衣を羽織っている。

「あ、晃さん、ついに上げなすったね」
「あにお?」
「エイブルトンライブのこってすよ、九にあげた?」
「おうよ、提唱会も終わったてぇやつよ」

畳の上に無造作にMacBookAirとTASCAMの
オーディオインターフェイスが転がっている。
MacBookAirに映し出されているAbletonLive9の
アレンジウインドウを眺めながら吉之助は言った。

「提唱会ねぇ・・、
嗚呼今思い出しても鳥肌ぁ立っちまう」
「あんだって、おめぇ何を今更浮かれてやがんで」
「だって晃さん、あの軍装の二人の立ち居振る舞い
観やしたか」
「そりゃおめぇ、奴らの術にはまっちまったのさ」
「じゅ、術?」

器の氷はもうほとんどが溶けてしまった。
底に残った氷水を一気に口へ流し込んでから
晃一郎は続けた。

「奴らぁハッタリを得意としているれんじゅうだぜ、
手八丁なんざぁ朝飯めぇさ」
「だけども舞台の二人を思い出すってぇと、
おいらどうも気が漫ろになっちまって、
もうどうにもこうにも、仕方ねぇってやつで」
「そら見ろ、そいつが奴らの術なんでぇ。
そうやって無垢を誘い込むってぇ寸法なんだぜ」
「次の提唱会はいつなんで?」

晃一郎は立ち上がると通りに面した一尺ほどの
小窓から顔を出した。

「陽が傾くってぇといくぶん和らぐか」
「ねぇ、晃さん、次はいつなんで?」

晃一郎は吉之助を振り返って言った。

「おいらが聞いたとこによるってぇと
そいつあ晦日のあんべぇになるてぇ話だ」
「み、晦日ぁ?、そいつぁまたでぇぶ先だなぁ」
「だがよ、それまでに録を成すてぇ話も聞いたぜ」
「なんです録てぇな」

晃一郎は畳の上のMacBookAirの前に胡坐をかいて
AbletonLive9を操作しだした。



「録を成すてぇな、こういうことよ」
「めんぼくねぇが、トンチはからっきしなんで」
「トンチなんかじゃぁねぇよ、エイブルトンライブ
を使って音を残すってぇこった」
「残すったって、そりゃどうやって聴けるんで?」
「シーデーにプレスするってぇんだ」
「シーデー!」
「そいつぁ、そのシーデーはおいらでも買えるんですかい」
「そういうこともやるってぇ話は聞いたがな」

そこまで言うと晃一郎は立ちあがって浴衣に
帯を締めた。

「これから、おいやさん(銭湯)、使いに行くが
おめぇはどうする」
「おいらもちっとエイブルトンライブさわってら」
「そうかい」

晃一郎は手拭を帯に引っ掛けて階段を降りて行った。


市電の走る表通りに出ると、風はいくぶん乾いた涼しさを
伴っていた。
路面電車の軌道脇に生える犬っころ草が、市電の風で
たなびいている。晃一郎は歩きながら秋口の風情が
ゆっくりと満ちていくのを感じていた。






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