2015/01/15

(No.2294): 船の庇と庭の様子


砂と少しの砂利、未舗装。
丘は下り、その先は海らしい。
昼間。
雲の多い晴れ。
南風。

防風林の役目を担っていると思われる
背の低い常緑樹が前方に広がっており
海は視界に捉える事ができないが
道幅のみに植えられていないので
このまままっすぐ歩けば砂浜へ出ることは
想像に難くない。

針金細工のような白い自転車に、
拳ほどの小さな単気筒エンジンが
ペダル前のフレームに取り付けられている。
わたしはそれをゆっくり押しながら歩いている。

この白いエンジン付き自転車には錆が
あちこちに浮いていて長年海風にさらされて
いたことがわかる。
何十年もだろう。
エンジンのずっしりとした重みを感じる。
未舗装の道で砂の割合が増えてきて
その重みもさらに大きくなった。

ハンドルの左側にあるレバーは
ブレーキではなくクラッチだろう。
試しに握ってみた。
スカンと握れるほどの空振り感に
思わずレバーの根元を見る。
ワイヤーは切れていた。

丘を下ってくると砂の比率が一層増し
自転車の車輪が埋まってしまう。
しかしなぜかすいすいと車輪は回り
重さが感じられない。
ここはヒッグス粒子に満たされていないのか。


そう思いながら波打ち際の砂に彩った
波の染みを見ていたらある時ここが
割烹の社であったことを思い出した。
板の間の上。
中庭の坪庭に水が打ってあり実に清らかだ。
玉砂利に水琴窟。
煙草と酒と料理の匂いが沁み込んだ柱。
けっして嫌な匂いではなくしみじみとした
心が穏やかになる人の家の匂いだ。

和室。十畳以上もあろう大部屋。
障子は開け放たれ、坪庭が見える。
卓には料理。刺身の盛り合わせ。
白い和服の男性が坪庭を眺め座ってる。
初老。短髪。中肉中背。
見たこともない人だ。
この白和服男が言う。

「待ってても埒があかねぇ、もう行くぜ」

そういうと白和服男は船の庇に手を掛けて
ぐいと上半身を起こした。
船は勢いよく傾いだと思うとすぐに立て直し
速度を上げて波を別けた。

「ちきちょうめ、まだ見えねぇ」

船は沖の方ではなくだんだんと岸に
近づいてきた。
このままではコンクリートの護岸に
衝突してしまう。
衝突すればこんな木造の小さな船など
木端微塵だろう。
右舷にしがみつきながらわたしは絶叫した。
目の前にはコンクリートの陸が鋭角の
上り坂で存在している。
ついに護岸に衝突した。
しかし大音響と強い振動とともに
船はコンクリートの護岸の上を進んだ。
ものすごい揺れだ。
こんな衝撃でも船は壊れないのだな。
船はその先の水たまりに着水した。
小さな水たまりだ。


黄色い長靴をはいた小学生の男の子が
ばしゃばしゃと水しぶきをあげながら
水たまりを歩く。
男の子は何遍も水たまりを
ばしゃばしゃするものだから
いつのまにか傘もどこかに
うっちゃってしまいずぶ濡れに
なりながら水たまりの変化を楽しんだ。

木製の窓。部屋の中が暖かい所為か
窓ガラスは曇り水滴が落ちる。
窓ガラスは平面ではなくその表面には
僅かな歪みを認める。
昔はこんなガラスばかりだった。

窓の外は庭。
雨が降っている。小雨。
寒そう。
晩秋か初冬。
庭木の葉も枯れ落ちている。

ぼくは熱が出て学校を休んだ。
ほんとうはそんなに具合は悪くなかった。
でも熱はあったからお母さんが学校に休むと
電話した。
ぼくは庭の様子を確認したあと
ふとんに戻って教育テレビの続きを観た。
人形劇。




0 件のコメント:

コメントを投稿