2011/02/04

(No.1323): 内外言宣


それは、普段の生活をしていると
全く意識外であり、各個人の興味云々
ということも重なって、
その存在自体をも追い出してしまう。

現実にそこに存在しているものの
日常生活には全くその存在に対し
無頓着でいても問題はなく、
いや、むしろ、無頓着でいられるように
太古から我々のDNAに刻み込まれて
いるのかも知れない、とさえ思う。

一部の好事家や専門家を除けば
おそらく誰も頓着していないだろう。
それは当たり前のように常に
あなたの頭の上に確実に存在している
というのに。

時折、拙屑コラムの俎上にも載る
宇宙という外界。


つい先頃、NASAが54個もの地球型惑星
(恒星との距離が絶妙で水の存在が在りうる)
を発見し、そのうち5個は半径が地球に
近い惑星であり、何れも生命存在の可能性が
高いと発表された。


その星まで行って調べるわけにもいかない
だろうから、観測のみでは確証は
得られないだろう。
あくまでも可能性があるというだけ
なのだろう。

改めて、
地球以外の星に生命が存在している
ということはどういうことなのか
検証してみよう。



映画じゃあるまいし地球に攻めて来る
わけでもなく、別に僕らの日常生活が何ら
変わることもない。
だからそんなのどっちでもいいし、
明日の会議の方が重要だし、そもそも
そんなことに興味などない。


嗚呼つまらん。
そんな鼻糞人生。
鼻糞は好きだけど。
もっとレゾナンスをぐっと効かせようよ。

確かに、地球外に生命体があったって
別にひじきの煮物がなくなるわけでもないし
ましてや街の洋食屋がなくなるわけでもない。
何ら我々の生活に直結する事象が変化する
ことはないだろう。

しかも、いわゆる宇宙人なんかではなく
細菌とかウイルスとかそういう半生命体とか
あるいは、直物というか苔とかそういう
絵的にはインパクトのない生命体のような気がする。


しかし、これだけは言える。


地球だけに生命が存在するという御言宣が
軽やかに崩壊するのだ
ということを。

誠に爽快な心持ちだ。
早く来い。その日を。

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