2013/05/20

(No.1983): 晃一郎と吉之助(軍装の二人)


しばらく続いたの雨の所為で外気には
湿気が感じられる。しかし五月の湿気は梅雨の
それとはまた違い、いくぶん過ごしやすい。
晃一郎は二階の部屋の通りに面した一尺ほどの
小窓を開け放ち、久々に興じた五月晴れの
清々しい匂いを部屋の奥へと誘うことにした。

晃一郎は畳に胡坐をかきながら、帯に挿した
扇子を抜くと右手だけで勢いよく広げた。

「暑いな、まだ昼前(めぇ)だってのに何だってんだ」

そういうと扇子をせわしなくぱたぱたと煽る。

「晃さん、ここはどんなあんべぇ(塩梅)でやんした
一向に音が鳴んねぇんで」

畳に地下置きしたMacBookProに立ち上がった
AbletonLive8を、吉之助はうつ伏せで見据えて
目だけを晃一郎に向けながら言った。

「馬鹿野郎、何遍言やぁ覚えるんだ。ボコーダーの
キャリアと声が逆だって言ってんだろ」
「あ」
「おめぇ、これじゃひょーひょーとしか鳴らねぇじゃ
ねぇか」
「めんぼくねぇ」
「それよりそろそろ来るぜ、もういいかげんにしねぇか」
「もうそんな刻限で」
「市電で銀座四丁目から切通までならそろそろだろう」


晃一郎が小窓から表通りを見下ろすと田原町行きの
東京市電が左右に揺れながら上野切通の停車場に
入ってきたところだった。
フロックコートを着た紳士のあとから、欧州にあるような
軍装に身を包んだ冴えない二人の男達が降りて来た。


「おいでなすったぜ」


二人とも同じ軍服を着ているが髪の長い方の男は詰襟を
締めずにいるので軍服の下の肌をさらしている。
短髪の男は襟章の詰襟をきっちり締めているが、
どこか患っているのか目の下にクマが酷い。
それぞれの腕には腕章が付けられている。
腕章には赤い文字が刻まれているが
意味は不明だ。


「なんすか、あの風体は」

小窓の端から見ていた吉之助は彼らから視線をそらさずに
言った。

「上野区軍律立憲政策に関係する者たちだ」
「えええ、するってぇと、堅気じゃねぇ奴らで?」
「まぁ、そういうことにならぁ」
「あ、あんなれんじゅうと、なんで晃さんが
つるんでるんでさぁ」
「その話ぁそのうちしてやるがよ、六月の二十四日に
提唱会ってぇのをやるのよ」
「六月二十四日?来月の?」
「それもあとで聞かせてやるよ、さ、来るぜ」
「あ、あ、あっしやぁどうすりゃいいんで・・」
「別にとって喰われやぁしねぇさ」

二人の男たちはこの二階家の階下へ到達したのであろう
戸をがらがらと開ける音がした。

「おい、おめぇ下に行ってあがってくるよう言って来い」
「ええ、おいらが、ですかい?」
「いいから、行ってこい、喰われやぁしねぇよ」

吉之助は襖を開けて、暗い階段を覗き込む。

「早く、行ってこい」

吉之助はしぶしぶと階段を降りて行った。
僅かにして階段を上がってくる複数の足音を聞きながら
晃一郎は着実に時代が動き始める予感を抱いていた。





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