2013/05/22

(No.1985): 遠巒の廻廊(三)


フェルディナンド・セジュウィッチバーグ博士は
大学の研究室で一人、手に汗を滲ませながら
古文書のページをめくっていた。
この古文書は、2年前イギリス・ウェールズ地方の
マズレーという古城に所蔵されていた多数の古書の
中から見つけ出したものだった。

彼はこの古文書は紀元前2~3世紀に書かれたもの
だろうとみているが、正確な年代測定はまだ
できていない。
分厚い本のような体裁ではあるが、紙ではなく獣の
革に鉱石を解いた溶液で記述してある。
ページによっては、彫り物のように革に筆跡を付けて
その傷に溶液を沁み込ませている。

書かれている言語は非常に複雑な体系を持つ
古代ケルト語の一種とみられ、オキュパイアアボート
と呼ばれる配列群表を参照しながらでなければ
一つの文字としても解読できないものであった。


セジュウィッチバーグ博士は配列表と古文書とを
何度も交互に見ながら、確かめるように、
ある部分を指でなぞり、そしてうめき声をあげた。

「むぬぅ・・」

汗ばんだ指が革に張り付くのを嫌がり
ハンケチを探してズボンのポケットを探った。

彼がなぞっている部分には、こう書かれてあった。

「エミッタとコレクタに圧を掛け、つかの間、
エミッタとベースの狭間に問い合う小声の或いは
弱小の波を渡し、そうなれば、誰でも、何時でも
大声の波がエミッタとコレクタの狭間から
得られるだろう」


原理を知らなければ、何のことを書いているのか
わからなかっただろう。
エミッタやコレクタ、ベースといった単語自体が
一字一句同じということも彼が驚愕した原因だった。


「こ、これは、トランジスタの動作を示しているのか」


トランジスタの動作とは、
エミッタ・コレクタ間に電圧をかけ
そしてエミッタ・ベース間に入力信号を入れると
増幅された出力信号がエミッタ・コレクタ間から得られる
というものである。

しかもその数行先では
「高純度のガジションの単結晶を用い、
運子の多い単結晶と少ない単結晶を合わせること」
とある。

ガジションというのは現在のゲルマニウム等の
半導体を指しているものと推測できる。
しかも「運子の多い単結晶」とはN型半導体を
「少ない単結晶」とはP型を指しているのではないか。
偶然としては明らかな類似、いや、類似などではなく
明らかにそのものを指しているとしか思えない。


この先には一体は何が書かれてあるのだろうか。
そう思ったセジュウィッチバーグ博士は
好奇心を抑え切れず次々とページを読み進めていった。
あるページまで解読を進めて博士は確信した。

「こいつは、、オーパーツだ。間違いない。」


大部分の記述は、作付けや狩りの話し、天候のこと
あるいはオルフェイアと呼ばれる集合体(現在の
村や町)の構造について、或いは死者の埋葬に関する
話であった。
しかし、前後を空白のページに挟まれたページには
先ほどのトランジスタにような奇妙な記述が散見していた。

例えばこんな記述がある。

「自由稼働軸を輪軸と平行に輪枠に固着し、巨大なる
偏位を許容する継台手を介在し、自由稼働軸の放出力と
駆動輪歯型軸様を接合する ~」

”自由稼働軸”という部分を今のモーター機械と訳せば
1925年に実用化したWN駆動方式という電車用駆動システム
の説明となるのだ。

セジュウィッチバーグ博士は鉄道工学までは
門外漢ではあったが、彼の友人であるビャン氏が
強電工学博士であり、お互いの趣味の鉄道模型も相まって
その方面でも知識を持っていた。


セジュウィッチバーグ博士は震える手で
そっと本を閉じた。
全ては解読していないが、おそらくここに
記載されているものは、いわゆるオーパーツに属する
異様な遺物なのだろう。
兎に角、知人の研究所を当たって正確な年代測定を
するべきだと思った。

半分は間違いであって欲しいという思いもある。
近代のものであれば、それはそれで安心できる
というものだ。
そんなことを思い巡らせていると先ほどよりも
少し興奮は収まり落ち着きを取り戻した。

セジュウィッチバーグ博士は思い出したように
また本をめくりだした。
なぜなら一点気になる事があったからだ。
どうしても解読できない文字があるのだ。

しかもその文字列の登場数がかなり多い。
決まって、例の空白ページの下方に記載されている。
実際は空白のページではなく、
その文字のみが記載されているのだ。
現代語の文字に置き換えるとそれは

デウ

と読める。
いったい何を著わしている言葉なのか。
今はわからない。
何かの名前だろうか。

セジュウィッチバーグ博士はひとしきり眺めたあと、
また本を閉じ、机の上に転がっていたiPhoneを拾って
知人の研究所の電話番号を探した。




(続く)






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