2013/06/17

(No.2002): 晃一郎と吉之助(あじさいと梅の実)


梅雨はもともと露という語を用いた。
しかし、いつの頃か梅の実が育つ季節に
降る雨という意味で「梅 雨」という
文字が使われるようになったのだという。

「たしかに、裏の垣根の上から顔ぉ出してる梅も
てぇーしてでかくなってきやがったな」
「なんでぇ晃さん藪から棒に。梅が何したって?」
「裏のおっしょさんの梅の木がよ、梅の実がよ
でぇーぶでかくなりやがったって言ったのよ」
「ああ、ありゃ、近頃、路地におっこってきちまって
もったいねぇなって思ってたところでさ」

晃一郎と吉之助はいつもの二階家で胡坐をかいて
てんでに座っている。
表通りを見下ろす一尺ほどの小窓は
開け放たれ、部屋の中は梅雨の晴れ間の
蒸し暑い大気に満たされている。

吉之助の前には畳に地下置きしたMacBookAirが
開いており、その横には碁盤ほどの大きさの
アナログミキサーが置かれている。

「それよか晃さん、はやく見せてくれよ」
「でぇぶ使ってねぇから、ぞんざいかも知んねぇぜ」

晃一郎はそう言うと立ち上がり、隣の襖を開けた。
プリント板の薬品匂が漂い、吉之助は鼻を
ひくひくさせた。晃一郎は横が一尺八寸ほどある
銀色の長細い四角形の箱らしきものを片手に持って
戻ってきた。
それは箱ではなく、前面にはノブとスイッチを配した
所謂音源モジュールであった。

「ほら、これだ、ドイプファーのエムエス四まる四」
「ド、ドイプ?」
「ドイプファーな、独逸国のもんだぜ」
「これかぁ、からっきしアナログなんでやんすね」
「VCOだからよ、しょっぱなにゃチューニング
ってぇのが必要なんだぜ」
「チューニングですかい?ギタアみてぇだなぁ」
「ギタアなんかよりもしこたま艶っぽいぜ」

晃一郎はおもむろに電源ケーブルをコンセント
へ挿し、オーディオケーブルをミキサーへ挿すと
吉之助へMIDIケーブルを渡した。

「こいつを、そっちのミディアウトへ挿せ」
「へい、。。挿しましたぜ」
「これで、エイブルトンライブを細工すりゃ音が
出るって寸法よ」
「うへへー、こいつぁありがてぇ、恩にきやす晃さん」
「おいらに恩きせしたってはじまらねぇぜ」
「でもこのエムエス四まる四は晃さんのじゃねぇか」

吉之助はAbletonLiveが立ち上がっている
MacBookAirの前にうつ伏せに転がり、
MS404を鳴らすMIDIトラックの物色を始めた。


「こいつについちゃ、おいらじゃねぇんだ」
「てぇと?」

吉之助は寝転がったまま、顔だけ晃一郎に向けた。

「おめぇ赤い文字の腕章を着けた軍装のれんじゅうを
覚えてるか」
「ああ、あの変な風体な二人連れですかい」
「そうだ。上野区軍律立憲政策に関係のある、な」
「あのれんじゅうが、このエムエス四まる四と
何の関係があるってんです」
「こいつはよ、実は軍装の一人、短髪の方の男の
持ち物だったんだ」
「だったってぇことは、もらったんで?」
「もらったっていうよりゃ、預かってる」
「借りもんなんで?」

晃一郎はそれには応えずに先を話した。

「ところでおめぇ、六月の二十四日覚えてるか」
「えーと、なんでしたっけ、来週ねぇ」
「提唱会だぜ」
「て、あーあー、提唱会、提唱会」
「おめぇ忘れていやがったな」
「めんぼくねぇ」
「提唱会だがよ、れんじゅうはエイブルトン
ライブを弄ってよ、派手な音ぁさせるってこった」
「そいつぁ粋だぁ」
「そんな粋な話じゃねぇんだ、何が起こっか、
おいらにもわかんねぇんだ」

晃一郎はそこまで言い終えると、
小窓から外を眺めた。
市電停留所の脇に咲く満開のあじさいが
市電の風で左右に動くさまをみて
雨でなくても絵にならぁねとひとりごちた。





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