2014/01/29

(No.2128): 晃一郎と吉之助(二月三日提唱会告知 其の弐)


大寒を過ぎた東京市は雪こそ降ることは少ないが
乾いて冷え切った大気に加え、北風の強襲を受ける
ためすこぶる寒い。
表通りを駆け抜けるオロシアからの突き刺す寒風に
行き交う人の影は皆、外套の襟をスタンドカラーに
作り変えている。

通りに面した一尺ほどの小窓は閉じられているので
いつものこの二階屋の六畳間ではそんな強靭な寒さも
いくぶん穏やかである。

火鉢を大事そうに抱えながら晃一郎はヘッドフォンを
装着し、目を閉じている。
晃一郎の前の丸いちゃぶ台の上には小さなCDプレイヤー
がぽつんねんと置かれている。ヘッドフォンは
そこに繋がっている。

晃一郎の横では吉之助が畳に寝そべりながら、
地下置きしたMacBookでAbletonLiveを弄っている。
こちらは小さなモニタースピーカーを畳に置き、
バリバリとけたたましい音を鳴らしている。

「おい、おめぇもちっと小さくできねぇのかい
こっちが聞こえやしねぇ」

晃一郎はヘッドフォンから片耳を外しながら
吉之助を見やった。
薄暗くなった部屋の中でMacBookの液晶ディスプレイの
灯りに吉之助の顔だけがぽうと白く浮き上がって見える。

「おい、聞こえねぇのか、もちっと小さくしろい」

吉之助はその声にすわっと我に返って目に光が戻った。
慌てて手を振りながら

「ぬわふ、晃さんすまねぇ、つい夢中んなっちまって」

言いながら目をぱちくりさせている。

「おめぇひょっとして寝てたんじゃねぇのかい」
「このコンプの効きが面白くてついデケェ音ぁ出しちまった」
「弄るのはかまぁねえが、もちっと音ぁ低くしてくれ」
「めんぼくねぇ」

吉之助は畳に座りなおして続けた。

「で晃さんは何を聴いてるんで?」

横目で吉之助を睨みながら

「つまんねぇもんよ」
「つまんねぇもんって?」
「つまんねぇもんはつまんねぇもんよ」

吉之助を無視してヘッドフォンを着けようとする
晃一郎に食い下がった。

「晃さんそりゃねぇよ、気になって仕方ねぇ」
「なんだよ、知りてぇのかい、これよ」

晃一郎は懐からCDケースを取り出すと吉之助の
目の前に差し出して見せた。



CDケースを手に取り、つぶやいた。

「オ、オルドビスの遺産?誰のシーデーなんで?」
「そこに書いてあんだろ」
「デ、デ・ウ・エイ? 誰なんで?」
「おめぇも呆れた奴だな。二月の三日は何の日か
てぇことは覚えてんだろ」
「二月の三日ってぇと、節分ですかい?」
「節分にゃ違ぇねぇがな」

晃一郎は苦笑した。

「ちょいと、晃さん謎掛けは苦手なんで」
「謎掛けたぁ驚いたな、おめぇあれほど
行きたがってたじゃねぇか」

そこまで言うと晃一郎はヘッドフォンをつけ直した。

「おあふ!晃さん! て、提唱会!」





吉之助は晃一郎のヘッドフォンを無理矢理剥がして
叫んだ。
辟易した晃一郎は諦めて吉之助に向き直った。

「こいつぁよ、二月三日池袋区手刀での提唱会の
あの軍装のれんじゅうの音源さね」
「そんなもん、どこで手に入れたてぇんです」
「内藤宿(新宿)のデスクユニヲンてぇ音売屋よ」
「おいらにも聴かせておくんない」

火鉢のやかんから白湯を湯呑につぎながら
晃一郎は言った。

「奴ら提唱会を前にしてこんなもんを拵えやがった」
「どんな音が入ってるんで?」
「そりゃおめぇ、提唱会でやる演目だてぇこった」
「そいつぁ聴きてぇ」
「村岡翁の草稿を電磁的に拡声てぇ触れ込みも
あながち法螺じゃねぇと踏んでたんだが」
「おいらにゃぁそこんとこがよくわかんねぇんだけど」

白湯をずずっと啜って晃一郎は続けた。

「こいつを聴くってぇと上院採決の切り札だてぇ
評判さえも、マブだてぇことさ」
「そうすっとどうなるんで?」
「どうって、おめぇ、村岡爺さんの描いた筋書きが
現実になるってぇことよ」

しかしそこまで言うと晃一郎は不思議な高揚感に
包まれているのを感じた。
実現を望んでいるってぇのか、自問自答を繰り返し
ながら、そして思い出したように付け足した。

「そういやぁ二乗林が言ってやがったよ、
軍装の奴らデューイに新しい”をみな”が入るてぇ話だ」
「”をみな”?、その”をみな”てぇな何なんです」

晃一郎はその問いが聞こえなかったかのように
湯呑を持ちながら立ち上がった。
そのまま通りに面した一尺ほどの小窓から表通りを
眺めた。
外は相変わらずの寒さなのだろう道行く人もまばらだ。

「次の提唱会のあと、か」

と、ひとりごちた。






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