2008/12/24

(No.656): アルバイトの記憶 その3


(帽子は死守し追うな)
筆者はこの西武球場整理員バイト仲間から
テクちゃんと呼ばれていた。
その理由は、筆者の髪型がテクノカットだったからだ。

最近、どこぞのお笑い芸人の何某が
テクノカットだと吹聴しているようだが
あんなものと一緒にされては迷惑至極。
テクノカットとは、髪型だけではなく、
心意気もテクノでなければならない。
皆から「テクちゃん」と呼ばれるほどの心意気を見せ給へ。


さて、今回は実際の仕事現場における
いくつかのエピソードをご紹介しよう。


先のお話のように、場内のチーム編成は
「下通路」「中通路」「外周」「外野」と
分かれていたが、私の知る限りでは、「下通路」が
一番大変だったのではないだろうか。

実は筆者はバイトを始めた時分から
「外周」チームに入っており、リーダーになる前に
それ以外のチームで仕事をしたことが数えるほどしかなかった。

「下通路」は2回程度しかない。
「下通路」は仕事が大変な割りには人気が高く、
応募者はいつも沢山集まっていた。
その理由とは。

「下通路」の要員は7回表になった時点で、選手のいるベンチ脇へ
降りることができるからである。
全員ではなくリーダーから選抜された者のみが与えられる名誉である。

そのベンチ脇で片膝を立ててスタンばるのである。
チェンジのタイミングや試合終了時に投げ込まれるモノの回収が
主な目的である。
だが、野球ファンにとっては選手と話せるチャンスでもあり
スタアを間近で見ることが出来るという特典がある。
何より、実際のグラウンドを踏めることの方が大きかったようだ。

従って、「下通路」は人気が高かった。
しかし、普段の試合中では、片膝で客席側を向いて座り続けるので
かなり重労働である。客席側を向いているので試合も見られない上に
ファウルボールも多い。

書いてて思い出した。
ファウルボールをお客さんが取ったら、返してもらうのが原則。
ボールを取った客のところまで行って、
帽子を取り、お願いしますッと元気よく言って手を差し出す。
ボールを返してもらったら、ありがとうございましたッとお礼を言い
ライオンズのバッチを差し上げる。
このライオンズ・バッチは事前に渡されており
自分で数個ポケットへしまっておく。

このファウルボール返却についても、数々のエピソードがある。
返してくれない客なんぞ当たり前。
いろいろ面倒なことを背負うはめになるのだ。
だから「下通路」は、7回ベンチ入りとは裏腹に大変な部署なのである。


さて、
前置きが長かったが、これからが本題である。
忘れもしない、1983年の西武VS巨人の日本シリーズでのこと。

第何戦目か忘れてしまったが、筆者は7回表で1塁側のベンチへ入った。
ベンチへ降りたのは、これが最初で最後だった。
別に「下通路」を担当していたわけではなく、
いつも通り「外周」だったのだが、日本シリーズということと、
この試合終了後に、かなりの混乱が予想されていたので
いつもよりも多くの人数をベンチ脇へ降ろすことになったからである。

そんな事情で下通路のリーダーから、下へ降りてみないかと誘われ
そりゃ願ってもねぇこって記念になりやすえへへと頭を下げる。
全部で5~6名くらいだったと思う。

入る前にボックスシート内から下へ降りるのだが
その手前で球場スタッフに注意事項を言い渡される。

モノを拾う時に帽子を絶対に落とすな。
もし客がグラウンドに降りてきても絶対に追うな。
選手と話すな。

というものだった。
なんで「帽子を落とすな」なのか、理由を忘れたが
確か帽子を拾う姿がカッチョワルイとかそんな理由だった。
日本シリーズということもあり、全国が注視しているので
テレビ中継も完全フォローしており、バイトとはいえ
球場関係者の素行を特に気にしていたようだった。
別にカッチョワルイとは思えないが。


帽子を目深く被り立膝でスタンバっている時、
工藤選手に話しかけられた。
よく覚えていないが、確かこんな挨拶程度だった。

「バイトか」
「はい」
「たいへんだなー」
「いえ、へへへ」
「バナナ好きか?」
「あ?はい・・・」
他の選手へ向かって
「ほらーなんとかかんとかー云々・・」

バナナのことについて聞かれたのが印象に残っているが
なんか内輪ネタで盛り上がっており
うっせぇなボケと思った覚えがある。

後になってあれは工藤選手だったと気付いたが
当時から野球選手など全く興味がなかったので
別段感慨は沸かなかった。
ちなみに工藤選手、調べたら筆者と同じ年の生まれだった。
学年は1個下だけど。

試合終了。
どっちが勝ったのか覚えていないが、
紙コップやら、紙吹雪やら、大きなビニールシートやら、何やら、
一斉にグラウンド内へ投げ込まれるので
それっと、グラウンドへ出て回収にあたる。

お客が一人、グラウンドへ進入する。

それを、あろうことか、整理員の一人が追いかけてしまった。
もう、帽子を落とすどころの騒ぎではない。
警備員が出てきて、そのお客は取り押さえられた。


事務所に戻ると、グラウンドに降りた全員が烈火の如く叱られた。
これほど、人から叱られるバイトも珍しい。


その夜のプロ野球ニュースでは
試合終了後のそのアクシデントもしっかりと放送されていた。








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