2013/02/28

(No.1927): 晃一郎と吉之助(小桜餅の宵口)


そろそろ夕刻ともあり下の通りの賑わいが
この部屋にも届く。
五月蠅さは感じはしないが小春の寒さを
追い出すために、晃一郎は一尺ほどの小窓を閉めた。
その雑踏の音をすんと聞きながら
湯呑の冷めかけた白湯を一口含んだ。

たんたんたんと階段を上って来る足音がする。
裸足のようだ。
外から吉之助があがってきたのだろう。
そう思って顔を襖に向けると同じくして
吉之助が威勢よくあらわれた。

「晃さん、行ってきやしたよ」
「おう、で、あんべぇ(塩梅)はどうだった」
「それが、埒ぁ明かねぇんで」
「・・ってぇと?」
「やっこさん、この”置きどころ”であってるって
言うんでさぁ」

そこまで言うと吉之助は、畳に置いてある
白湯の入った鉄瓶に口をつけて
ぐいぐいと煽りだし、しかしすぐにぶわっと吹いた。

「うへぇ、晃さんまた白湯ですかい」
「汚ねぇなぁ、なんでぇ酒かと思ったのかい」
「冷めてそうな鉄瓶だから人肌ぬるい奴かと」
「おめぇおいらが下戸だって知ってるじゃねぇか」
「だっけ、どうもこういうときは酒じゃねぇと」
「いいから、続きを聞かせろよ」
「あ、忘れてた」

そういうと吉之助は懐から笹の葉に包まれた
かたまりを晃一郎の前に突き出した。

「なんでぇ」
「へへ、桜餅で」
「おめぇおいらぁ酒は下戸だが甘ぇもんも
下戸だってぇことを忘れたのかい」
「いや、おいらが喰うんで」
「は、てぇした奴だねぇ、酒の肴が餅なのかい」
「酒はねぇじゃねぇですか、あるのは湯だ」
「そんで、その餅ぁいくらしたんでぇ」
「へい、三銭で」
「なに、三銭、もりが手繰れるじゃねぇか」

吉之助は聞こえない風体で笹葉を乱暴にはがすと
桜餅をひとつ口へ放り込んだ。
晃一郎もぐいと白湯を飲むと吉之助に向き直った。

「桜餅はいいから、続きを聞かせろよ」

もぐもぐさせながら

「だっけ、晃さん続きって言っても」
「なんでぇ、それだけってか」
「へい、それだけなんでさぁ」

晃一郎は空になった湯呑を畳に置いて
胡坐をかき直した。

「おめぇ、餓鬼のつけぇ(使い)じゃぁ
ねぇんだから・・その先を聞いちゃいねぇのかい。
だいてぇおめぇ、ちゃぁんと語ったのかい」
「あ、あたりめぇでさぁ」
「おい、ちょいと、やっこさんとこで
語ったっていうのを、いまここでやってみねぇ」

そう言うと晃一郎は畳の上にあるMacBookAirを開き
Ableton Live8を起動し始めた。

「へ、へい・・」
「ほら、やってみねぇ」





「え、えー、ボ、ボコーダーの使い方なんでやすがぁ
キャ、キャリアーに歌メロの音源トラックを
あてがいやしてぇー、
アンボイスぅはちょっと大きめでぇー
レンジは幅広くしてぇー
ビーダブルーも大きくしてぇー
デ、デ、デプスは百パーくれぇでぇー
アタック短めぇリリース長めぇー
フォールマントォは真ん中くれぇでぇ
ドライはなしでぇー
ってなあんべぇ(塩梅)で如何でやしょう」

「おめぇ、キャリアーの造作を聞いてねぇじゃねぇか」
「ぞ、造作ってぇと」
「どんな音色(ねいろ)がいいかってことよ」
「あ、忘れていやした、めんぼくねぇ」
「すぐ行って聞いて来やがれ、このすっとこどっこい」

吉之助はびくんと立ち上がり、残りの桜餅を
口に入れるとそのままどたどたと階段を駆け下りて行った。

晃一郎が一尺ほどの小窓を少し開けて
下の通りを見下ろすと、吉之助が鶏のように走って
遠ざかる後ろ姿が見えた。
僅かだが土埃の舞っているを認め
そういやぁ雨の少ねぇ春だなぁ
と晃一郎は思った。





2 件のコメント:

dewey_taira さんのコメント...

小江戸Able譚の続編を楽しみにしております。

dewey エフオピ さんのコメント...

吉之助がCubaseを抱えて帰ってくるって下げも考えました。

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