2013/04/23

(No.1967): 遠巒の廻廊(一)


iPhoneに見知らぬ番号から着信。
出てみると、若い女性の声で
「そちらエフオピさんの携帯ですか」
と問う。
「さようです」と応えると
「あなたの立っている場所から正確に
北北東の方角に向かって113歩
歩いてその場所から上を見上げて下さい」
と言う。
「え、あんたどちらさま」
「あなたの立っている場所から正確に
北北東の方角に向かって113歩
歩いてその場所から上を見上げて下さい」

私の問いには応えず同じことを
繰り返す。
よく聞くと、合成音声の発音で
あるとわかる。
比較的ゆっくりと話す速度だ。


電子ノイズのようなジーとか
シーとかは聞こえない。
しばらく沈黙していると
「そちらエフオピさんの携帯ですか」
と再び言ってきた。
これも同じ発音である。
合成音声。しかも相当優秀なものだ。
一聴するとほとんど人声だ。
しかし確かに合成音声のそれだ。
フォルマントが機械臭い。

「ちょっと、なにこれ、気持ち悪い」
iPhoneを耳から離し切断ボタンを
押そうとしたら小さなスピーカーから
「あなたの立っている場所から正確に
北北東の方角に向かって113歩
歩いてその場所から上を見上げて下さい」
また聞こえて来た。

建物内にいたらそのまま切っていたかも
しれないが、その時私はコンビニに
買い物に出たところだった。
今立っている場所はそのコンビニの前なのだ。
しかも私はおそらく北向きを正面にしている
ので北北東の方角といえば、
目の前から伸びている道がそうだ。

もう一度耳にあて
「北北東に113歩?ですか」
と言ってみた。
しかし返事はなく無音のまま数秒後
突然電話は切れた。

着信履歴のその番号、局番からすると
K県Y市方面か。
少し勇気を出してその番号に電話してみる。
呼出音もしない、
しばらくすると、ブツプープーとなって
繋がらない。
なんだこれ。


GoogleMapを起動して自分の場所を
確認する。
北北東の方角というと
まさに目の前の道の方向がそうだ。
俄かに信じられないが、
事実だから仕方がない。
その道は車がかろうじてすれ違える
程度の細い道だ。
まわりは住宅街。

113歩っていったって歩幅は
どうするんだろう。
取り敢えず、普通の歩く感じで
113歩歩いてみようと、
そろそろと歩きだした。

何の変哲もない住宅街。
少し歩くと十字路が見えて来た。
113歩だとちょうどあのあたりかしら。
案の定、十字路をほんの少し越えた
あたりだった。

上を見ろと。
夕間暮れの空と電線。
それと隣家の庭から生えている
木の枝が道を隔てる塀を越えて道に
はみ出ているのが見えるくらいだ。

何も変わったものは、ない。
ははは、なんか馬鹿みてぇ
と帰ろうと踵を返した時だった。


「もし」


という声が聞こえた。
辺りを見回すが誰もいない。
遠くで車の走行音がするだけだ。

その場で、じっと聞き耳を立てる。
住宅街の生活音しか聞こえない。
空耳かしら。

しかし、さっき、
はっきり聞こえた。
ちょっとやべぇかも、怖い・・
と思って元の道を戻ろうとすると

「もし、 もし」

とはっきりと聞こえた。
男性の声。これは合成音声ではない。

なによこれ
もう逃げ出そうとした刹那
十字路の角の木が張り出した家の塀から
男が顔を突き出しているのが見えた。
見たこともない人。普通の日本人の男性。
年齢は60歳くらいか。

「もし、あなた」
「は、はい!」
私はその場で飛び上がりそうになった。


「ひょっとして、呼び出されました?」
「は?へ?」
「電話で」
「されましたされました、なんすかこれ」
「ああよかった、いえ、ちょっと、
ここではアレなんであちらへ回ってもらえますか」

そのお宅の玄関の方を指している。
わたしは、無人島だと思っていた場所で
人に会ったような、複雑な感慨に浸りながら
そのお宅の玄関に移動した。

塀で囲まれていたからわからなかったが
よく見ると昭和の面影を残した懐かしい
感じの木造住宅だ。
玄関もドアではなく、引き戸である。
がらがらと開けてさぁどうぞと促される。
少しだけ躊躇しながら私はその家の
玄関の中に入った。
表札には●田とある。


他人の家というのはその家独特の
「匂い」というものがある。
このお宅に入って感じたのは
新しい電化製品の匂いとでもいうか
ハンダ付けで使うフラックスの匂いというか
プリント版にかける薬品の匂いというか
そういう匂いがした。
けっして嫌いな匂いではない。
むしろ好き。
男は黒いセーターに同じく
黒っぽいジャージを履いた格好だった。
このおっさん歳の割には髪はあるほうだな
と思った。白髪交じりだ。

「あなた、呼び出されたのですね」
「いや、ちょっとすいません、
もうわけがわかんなくて」
「そうです、誰でも最初はそうなんです」
「あの電話なんなんですか、っていうか
あなた、何者なんですか、なんで知ってるんです
電話のこと、113歩って何ですか、
北北東ってなんですk」

「落ち着いて下さい、順序があるんで
すぐにはお教えできないのですが」
「ちょ、順序?なんすかもう怖い!」
「怖がらなくても大丈夫です。危険はありません」
「詐欺?新手の勧誘かんなかか?!おい!」
「いえいえ、違います。とにかく
落ち着いて下さい、最初は皆さん取り乱すのです」

玄関では何ですからと、部屋に案内された。
八畳ほどの床の間のある和室。
四月末だというのにこたつが出ている。
掘りごたつ。

「お茶を入れましょうね、話はそれからだ」

男はそういうと部屋から出て行った。
部屋は庭に面しており、縁側を挟んで
障子で仕切られている。
今はその障子が開け放たれており
もう夕方であるが庭が見える。
小さいが綺麗に手入れの行き届いた日本の庭だ。

床の間には軸が一幅掛かっている。
昔の人の書のようだ。
達筆で全く読めない。
その軸の前には静謐な花瓶に一輪の花が
生けてある。
花は小さな釣鐘形をしている。
薄紫色だ。
どれも、しぶい。

畳も古いもののようだが埃一つ落ちていない。
こたつの造作も見事で、その辺りの
ホームセンターで購入したものとは全く違い
名のある職人によるものと思えるほどの造りだ。
こたつぶとんの中から手探りでこたつの足を
触るとごつごつとした彫り物がわかる。
こんなこたつ見たことない。
上板も大きな一枚板だ。

にしては、部屋の明かりは蛍光灯だ。
この部屋に対しては不釣り合いな感じの
それこそホームセンターで買ったような・・
いや、よく見ると、これは相当
年代がかかっている蛍光灯だ。
私の子供の頃によくみたものだ。
あの角ばった傘が懐かしい。



襖が開いて、男が急須と湯呑を
二つ入れた丸いお盆を持って入ってきた。

「さあさあ、お茶をどうぞな」

聞きたいことが山ほどあるが
男は私の気急くのを察してか
あえて緩慢な動作でお茶を煎れ始めた。




( 続く )






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