2012/03/09

(No.1654): ご用聞きの醍醐味


今でもたまにあのフレーズが頭の中を走る。
当時は何も感慨などなく、日常の中に
そのフレーズは存在しており、
まったくもって生活の点景として
そのフレーズは存在していた。

今でもたまにあのフレーズが頭の中を走る時
みるみると当時の風景が描き出されて来る。
当時の実家の様子。お勝手の扉を開けて
そのフレーズは聞こえて来るのだ。

「マ・スヤ ですが」

実際は「桝屋ですが」と言っている。
すなわち、ご用聞きの掛け声だ。
桝屋さんは筆者実家の近所にあった酒屋さんだ。
代替わりはしたが今でもお店は健在である。

ご用聞きとは、つまり「サザエさん」における
三河屋の三平さんと同義だ。
酒屋さんだが、お酒以外の家庭用飲料系食品系
も取り扱う。
筆者の記憶を辿れば、物心ついた子供の頃から
おそらく高校生になるかどうかというくらいまで
ご用聞きは来ていたと思う。
当時は地元に根付いたそのような風習というのは
どこでもあったと思う。今では考えられないが。

「マ・スヤ ですが」

店主だったのか或いは三平さんのような使用人
だったのか定かではないが、
お勝手の扉をバンと開けて不思議な抑揚と
特徴のあるイントネーションで発声するのだ。

「マ・スヤ ですが」

マスヤのマとスヤの間に、文字通り「・」がある
感じだ。一拍置くみたいな。

「マ・スヤ ですが」

母や祖母が対応していたのを思い出す。
醤油だのお酢だのビールだのを注文していた。
ある意味昭和の原風景的なアレだ。


社会人になって十年くらいたったある日
突然頭の中に「マ・スヤ ですが」が蘇った。
はじめ、何のフレーズだっけとすぐには
思い出せなかった。
しばらくすると、あのお勝手の扉をバンと
開けて不思議な抑揚と特徴のある
イントネーションの発声が思い出され、
とてつもない懐かしさに興奮した。

それ以来、忘れないためということでも
ないだろうが、たまに、このフレーズが
口をついて出るのだ。

何を隠そう、今日も電車を降りて改札を
通っている途中になぜか急に口をついて出た。
「マ・スヤ ですが」か、と。

お、と思ってすぐにニヤけた。







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